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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第三章
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準備期間・2


 その時、玄関の扉が開いてアイクが顔をだした。


「セリカ、やめなさい」

「……あなた」


 アイクは、仕事道具の入っている鞄を置くと、セリカの肩に手を乗せた。


「……驚かせて悪かったな。後は私が教えてやろう。セリカは、……母さんは、あの森にいい思い出がないんだ」

「あ、ああ」


 おそらく4人の中で、一番驚いたであろうブレイドが返事をした。


 セリカは、アイクにうながされて、キッチンの椅子に腰をかける。その顔は青く、先程までの溌剌さは全く無くなっていた。


「……マドラスの森に行くのか?」

「ああ、冒険実習で指定されて」

「そうか、学校行事では仕方ないな。ちょっと見せてくれるか?」


 アイクは、机の上の用紙を持ち上げ、眼鏡を直しながら見た。


「……マドラスの森は、知っての通り人食い龍の住処だ。まあ、あと数年は睡眠期に入っているが」

「それは先生も言ってました。薬草が生えているのはそんなに奥じゃないから大丈夫だろうって」

「そうだよ。親父だって、去年採ってきたじゃないか」


 ディアナの言葉を後押しするように、ブレイドが続ける。アイクは、息を吐きながら地図を取り出した。


「そうだな。……皆に頼みがある。この仕事をこなすとき、このサンド村から入ってほしい。

この村は、昔私たちが住んでいた村だ。ここから、まっすぐ南に入るんだ。

そこに、薬草の群生地がある。東側に回るともう一つ村があるが、そちらには行かないでほしい」

「なんでだよ」

「危険なんだよ。崖の多い地形で、その途中にも強い魔物が出ると言われている」

「そうか、随分変なとこに住んでんだな」


 アイクの説明に、納得したようにブレイドがつぶやく。


「……あの、採取した薬草って、どういう風に運べばいいんですか?」


 最も重要な質問をしたのは、ロックだ。


「ああ、そうだね。スコップを持って行った方がいい。土をつけたまま、根ごと掘り起こすんだ。そして、茎から下の部分をビニールか何かで包んで持ってくるといい。時々、水分を与えるのを忘れないように」

「はい」


 サラが、手際よくメモをとる。大体の事を聞き終えて帰ろうとしたとき、ブレイドがディアナの手をとった。


「……ちょっと、お前残れよ」

「ええ?」


 このままロックと帰ろうと思っていたので、嫌そうな返事をしてみたが、思いのほかブレイドの表情が真剣だったのが気になりディアナは素直に従った。


「じゃあ私たち、先に帰るね」


 サラにうながされて、ロックも歩き出す。二人の姿が小さくなるまで見送ってからブレイドを見上げると、彼は思いつめたような顔をしている。


「……どうしたの、ブレイド」

「親父たちに、聞きたいことがあるんだ。……一緒に、いてくれるか?」

「うん」


 こんな表情をするブレイドは珍しい。ディアナは、正直どういう風に対応していいか分からなかった。



 ブレイドは、ディアナの手を掴んだまま家の中へ戻った。


「親父、聞きたいことがある。その、……さっきの」

 

 言い淀むブレイドが強く握ってきたその手を、ディアナも握り返した。


「さっきの、……サンド村に、あるのか? 俺を、生んだ母親の墓は」

「……え?」


 ディアナは驚いてブレイドを見詰めた。その表情の理由は、そういうことだったのだろうか。実の母親が、自分を残して死んだ場所。その場所に対して、セリカがいい思い出を持っている訳が無い。


 台所にいたセリカが体を硬くする。その脇に寄り添うようにしていたアイクが、ゆっくりと口を開いた。


「……ああ、そうだ。名前が分からなかったから、共同墓地の慰霊塔に眠っているはずだ」

「それじゃあ、……あのさ、俺、……俺は」


 ブレイドが、こんなに言い淀んでいるのをディアナは初めて見た。迷っているのは何に対してだろう。顔も覚えていない実の母親に対して、彼はどんな気持ちを持っているんだろう。


 もし、自分だったら? 自分だったらどうしたい?


 ディアナは、再びブレイドの手を握って、息を吸い込んだ。



「あのっ、お墓参りしてきてもいいですか? 私、……ご挨拶したいです。ブレイドを生んでくれた人に」

「……ディアナ」


 隣にいるブレイドが、驚いたようにディアナを見つめる。差し出がましいことを言っているのはわかってる。だけど、こんなブレイドを放っておける訳もない。


「ブレイドのご両親は、おじさんとおばさんだけど、……その人がいなかったら、ブレイドはこの世に居ないんでしょう?」


 ディアナの言葉に、アイクが表情を隠すように眼鏡に手をあてた。


「そうだ。……そうだな。もちろんだ。ブレイドが実の両親の事を知りたいと思うのは、当然のことだ」


 セリカはすがるように夫を見つめた。


「あなた」

「親父」


 ブレイドが、姿勢を正して両親に向き直る。


「俺、墓参りがしたいんだ。もし、親父たちがいいと言ってくれたら」

「もちろん。……してきたらいい。せっかく近くまで行くんだし」


 アイクは迷いもなく答える。セリカも口を固く結んだまま、自分を納得させるように頷いた。


「……ありがとう」


 ブレイドはホッとしたように息を吐き出し、こちらを覗き見る。その表情に安心して、ディアナも手を緩めた。


「これから言うことは、聞き逃してもらってもいい」


 その時、アイクがセリカの肩に手を乗せて、固い声音をだした。


「墓参りだけに、してほしい。それ以上の詮索をしないでほしい。……これは、私たちのわがままだ」


 ブレイドが、驚いた表情で父親を見詰めた。


「……わかったよ、親父」


 再び、自然に力がこもったその手を、ディアナは握り返した。



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