準備期間・1
冒険実習の準備期間に入った。学園内も落ち着かない雰囲気になり、学園に残る施設組の人たちは、うらやましそうにこちらを見ている。
ディアナたちも、4人で集まって旅に必要な道具等の書き出しを行っていた。そこへ教師が、書類の束を持って入ってくる。
「お前たちには、これなんかどうだ?」
教師から渡された一枚の紙には、冒険実習で行う仕事の一覧が書いてある。その中の赤マルがつけられているところには次のように書かれていた。
『マドラスの森での、薬草採取!!』
「マドラスの森」
繰り返したブレイドに、教師が答えた。
「ああ、お前の母親は確か、ハーブや薬草を育てているだろう。ということは、お前もある程度の扱いは分かっているだろう?」
「はあ、まあ今となっては俺よりディアナの方が分かってますが」
「まあどっちでもいいさ。まだ、人食い龍は睡眠期だし、あの森は奥にさえ入らなければ手ごわい魔物も出ない。学生にはちょうどいい案件だろう」
「……なるほど」
「ただ気をつけてほしいのは、森の奥へ入らないこと。龍が睡眠期でも、あの森の奥の方には、人を混乱させる魔獣が棲んでるんだ。お前らのパーティにはロックがいるから最悪の事態にはならないだろうけど、それでも気をつけたに越したことはない」
その言葉に、ロックが顔を赤くした。ディアナやブレイドと違って、普段あまり目立たない存在のロックは褒められると途端に照れてしまうのだ。
そこへ、サラが口をはさむ。
「そうだよねぇ。ロック君って詩人クラスじゃトップクラスなんでしょ?」
「へぇ。そうなんだ、ロック。よく知ってるね、サラ」
ディアナは意外そうな顔でサラを見た。同じ治療師クラスにいるのに、どうしてサラはこんなに情報通なのだろう。
「詩人クラスの友達が言ってた。ロック君、実は影で人気あるんだよ」
「別に、たまたま。向いてるみたい、ああいう職業は」
楽しそうに言うサラとは対照的に、ぼそりと照れた様子でうつむくロック。
見ているディアナは、昔転んでは泣きそうになってうつむいていた姿を思い出す。
昔と変わらない。気が優しくて、少し弱虫なロック。それでも、どんどん進んでいくディアナの後を、遅れながらもついてくる根性があった。
ディアナは目の前の紙に視線を戻した。
「じゃあさ、おばさんにお話聞いてみようよ。森のどの辺に生えてるのかもよく知ってるんじゃない?」
「ああ、そうだな。じゃあ、放課後、俺んちに来るか?」
ブレイドが頷いてそう言った。
放課後、4人はそろってブレイドの家に向かった。ディアナとロックは気にしたこともなかったが、家が首都にあり、学園に近いサラはため息をついて呟いた。
「まだー? 遠いんだね、ブレイドくんの家」
常に、ディアナの家と自分の家の往復を繰り返しているブレイドにとっては、その反応こそが意外だったらしく「そうか?」と答える。
じきに家が見えてくると、サラは心から安堵の表情をみせた。
「ただいま、友達連れてきたから」
ブレイドが乱暴にドアを開けると、中からセリカが慌てて出てきた。
「あらあら、いらっしゃい。……あら、今日は大人数なのね。ディアナちゃん、ロックくん、……それと」
「サラといいます。はじめまして」
サラがほほ笑むと、セリカも同じく笑顔を返した。
「よく来てくれたわね。ブレイド、今日は?」
「冒険実習のパーティ。ちょっと母さんに教えてほしいんだけど」
「あら、そうなの。いいわよ。お茶でも飲みながらにしましょう。……ディアナちゃん、手伝ってくれる?」
「はい」
セリカは皆を中に招き入れると、ディアナだけをキッチンに呼んだ。
「ディアナちゃん以外に女の子連れてくるなんて初めてだから、びっくりしちゃったわ」
ヒソヒソと小声で話す。その仕草が大人なのに可愛らしい。
「あ、サラは私の友達なんです。治療師志望で、今回一緒にパーティに入ってもらったんで」
「そうなの。良かった」
そのうち、セリカから指示が出て、カップを出してお湯を注いで温めた。数分後、いい香りのする特製のハーブティが注がれた。
「これを運んでくれる? なんかお菓子でも探してみるから」
「はい」
お盆に乗せたカップをそっと運んでいると、視線が合ったブレイドが立ちあがってこっちにくる。まっすぐに向かってこられて、ディアナの心臓はどきりとなった。
「……何よ」
「いや、なんとなく」
「こぼしそうだから?」
「ああ」
ブレイドは笑って、ディアナの手からお盆を取り上げる。
「持って行ってやるから、お前が配れ」
「はいはい」
今のやり取り自体もだが、ロックとサラの視線を感じて気恥ずかしい。それに、こうやって近くにいると、この間の事を思い出してしまう。ブレイドの鎖骨のあたりとか、変なとこばかり見てしまう自分をディアナは制御しきれない。
「ごちそうさま」
まだ何にも手をつけてないサラが、ぽつりと言った。
「へ? 今からお菓子でてくるよ?」
「分かってないならいいよう」
サラが笑って、視線を泳がせる。その視線を受けたロックが困ったように笑った。そして二人ともが、何の気なくディアナを見る。
ディアナは訳のわからない汗が出てきた。
「あ、あの……」
耐えがたい空気に、ディアナが一言発した時、後ろから空気を打ち破る元気なセリカの声が響いた。
「はいはい、おまたせー。聞きたいことってなあに?」
場の雰囲気は途端に和やかなものに戻り、ディアナは心底セリカに感謝した。たたみかけるように、ブレイドが学園でもらった用紙を広げて見せる。
「ほら、この仕事をすることになったんだけどさ」
「ふんふん。……え?」
ざっと目を通しているうちに、セリカの顔つきが変わってくる。
「マドラスの……森?」
「ああ。母さんが育ててるサザリの苗とか、他にも何個か指定されてっけど、薬草をとってくるんだと」
「ち、……違う仕事はないの?」
「いや、先生から出されたのはこれだけで」
「だめよ、マドラスの森なんて!!」
セリカが、青い顔で叫んだ。いつも朗らかな調子のセリカが放つ鋭い声に、誰もが驚いてその姿を見つめた。




