学園生活・2
ほどなくして、お待ちかねの剣の授業が始まる。昨日、現在のところの志望職業を聞かれ、その志望別に班分けがなされた。結果、ブレイドとディアナは同じ班になった。それはすなわち、二人共が剣士志望だということだ。
ディアナは舐めるようにブレイドを上から下まで見詰めた。他の職業に適性があるとは確かに思えない。軽く剣を振りまわす姿も板についているし、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。腕には覚えがあるって訳だ。
でも負けない。意気込んでストレッチをする。横を見るとロックが一番弱そうな班で準備運動をしていた。ロックの家は道具屋だ。当然、志望職業は道具屋になるので、剣についてはからっきしだ。
「皆、体はほぐれたか?」
教師の呼びかけに、血気盛んな数人が待ちきれないように腕を振り回す。授業では、全員が同じ剣をつかって行う。本物の剣では危険なので、使用するのは木刀だ。一人ずつ打ち合いをし、胸につけたバッチに触れた方が勝ち上がるというルールだ。今回は勝ち点の多さで競う。
始まりの合図とともに、ディアナは次々と相手の手首を狙い、剣を落させてから胸のバッチに触れた。細身のディアナの持ち味は素早さだ。力では男にはかなわないのだから、やられる前にやってしまうしかない。
同じように順当にブレイドも勝ち上がってきている。そうして、ついにディアナとブレイドの番になった。
ディアナは成績表を確認しながら一人意気込んだ。ブレイドも今のところ全勝だ。剣では負けたくない。その思いが体を震わせる。だいたいその余裕気な表情が気に食わない。天才はクラスに一人いれば充分だ。ディアナはその一人の座を自分のものにしたかった。
「はじめ!」
教師の号令と同時にディアナはまず右に動き出した。ブレイドの視線がついてきている。虚を突くために腕を狙うそぶりを見せつつ、脇腹を狙う。
直感でいけると感じた。ブレイドの腕がその時点でピクリとも動いていなかったからだ。そのまま思い切りよく剣を振り切った。
ところが、ほんの一瞬の間にブレイドの剣がディアナの剣を阻んだ。ディアナは驚いて、自分の剣を持つ腕をみた。跳ね返された強い衝撃に、軽くしびれている。しかも、剣の動きは全然見えなかった。構えからの動作がものすごく速い。
そう気付いた途端に、冷や汗がわいてくる。相手の実力が急に推し量れた。大柄な図体は決して軽くはない。なのにディアナを超えるその素早さ。加えてちょっとぶつかってもふらつかないだけの安定した下半身に、その筋肉が示すだけの力強さ。
打ち込んでいくディアナの剣を、ブレイドはすべて受け返した。視力がよいのだろう、剣筋がすべて見切られている。しかも、ブレイドは力が強い。剣を跳ね返された反動でさえ腕に疲労を与える。
「やるじゃんか、サル女」
「……そっちこそ。筋肉ゴリラ」
剣を合わせたまま睨みあう。しかし、ブレイドの表情にまだ余裕があるのに対し、ディアナのほうは息が上がってきていた。腕は痛みを増し、握っているのが辛くなってきている。
焦りも手伝って、呼吸法を忘れてしまっている。呼吸が乱れれば疲労が増すのも早い。相手との力量の違いを測れないほど、ディアナも弱くはなかった。持ち味の素早さで負けた以上、勝ち目はない。負ける。
湧いて出た弱気な感情に押し流されそうだった。敗北が目の前に突きつけられる。それでも、生来の勝気さが体内で暴れている。
負けたくない、負けたくない。悲鳴のような想い。その一心で剣を握る。
「うわあああ、ロック、大丈夫か?」
その時、ロックのいる班から悲鳴が聞こえて、全員が動きを止めた。ディアナもつられてそちらを見ると、ロックが鼻血を出して倒れている。
「ああ、俺の鼻血を馬鹿にするからあんな目に」
「ちょっと、馬鹿なこと言わないでよ、ブレイド」
ぽつりと言ったブレイドに、ディアナは荒い息のままそう答えた。結局、そのまま打ち合いは中止になり、ディアナとブレイドはロックのもとへ駆け寄った。
「意識がないな、保健室に連れて行かないと」
倒れたままのロックを診察した教師はそう結論付ける。周りの男子生徒に担架を持ってこさせようとするのを、ディアナが押しとどめた。
「大丈夫。先生、私に任せて」
「任せてって。……おい」
ディアナは倒れているロックの横に膝を立てて座り、上から手をかざした。何か始まりそうな雰囲気を察してか、周りを取り囲むように見ていた生徒たちも静まりかえる。
ディアナは、静かに目を閉じて小さな声で呪文を呟いた。手のひらからはほんのりと光がわき出て、やがてロックの鼻血が止まり、額にできていた青あざも消えていった。感嘆のため息をつきながら、教師がディアナの脇に立つ。
「ほう。回復魔法か。まだ授業でもやってないのに、使えるのか? ディアナ」
「はい、先生。回復魔法は、昔から得意で」
「へぇ。意外」
横からブレイドが余計な事を言う。ディアナは思わず睨んでやった。
「……ん、あれ?」
意識を取り戻したロックが、目の前のディアナに向かって驚いた表情を見せる。
「大丈夫? ロック」
「ディアナ。……ああ、そっか。ありがと。また治してくれた?」
「うん。いいのよ。こっちこそ助かったわ」
「え? なんで?」
「……なんでもない」
慌てて誤魔化しながら、内心では本気でロックに感謝していた。
負けるかもしれなかった。いや、多分あのままやっていたら負けてた。脇で余裕の表情をしながら立っている黒い男を見ながら、ディアナは切実に思う。誰にも負けたくないのに。よりにも寄ってこんなむかつく男に負けるのは心外だ。対策を練り直して、再戦しないと。この男の前で敗北をさらすのだけは御免だ。
その日最後の授業は魔法の授業だった。本日の内容は攻撃魔法の基本、火魔法。手のひらに小さな炎をおこすのが課題だ。
「あーやっぱり集中力が大事だよねー」
あっという間に手のひらに乗る大きさの炎を付けたディアナの横で、ブレイドがじろりとこちらを見る。ディアナは余裕の表情を見せて彼を見返した。
ブレイドはまだろうそくぐらいの大きさの火しかつけれていない。それ以上大きくしようと思うと消えてしまうようだ。力では勝てそうにないが、魔法に関してはディアナに勝算がありそうだった。
ディアナが一番得意なのは回復魔法だが、コツをつかんでいるから、どんな魔法でもそこそこ上手に出来る。ディアナは今日一番やりたかったこと、つまり、ブレイドを鼻で笑ってやることをようやく達成し、満足の笑みを浮かべた。
その日の授業がすべて終わり、他の同級生たちはぱらぱらと帰り始める。ブレイドはまだ納得いかない様子で、手のひらの炎をいじくっている。
「……なんでうまくいかねぇんだ?」
「ちょっと見せてよ、ブレイド」
不満げなブレイドに、ロックが助けに入る。ロックも、魔法はそれなりに得意なのだ。
「全体を見てるからダメなんじゃないかな。この火の中心に集中して……」
「ああ、そうか」
「なにやら、仲良くやってるけど、まあせいぜい頑張ってね!」
ディアナはそんな2人を横目で見つつ、自分は鞄を持って教室をでた。放課後の道場は空いているはずだ。そこを使って、剣の訓練をするつもりだった。
負けたくない。強い思いが、ディアナを突き動かしている。剣でだけは負けられない。負けたら、意味がなくなってしまう。
ディアナは先ほど授業でも使った道場を目指して走りだした。