幼馴染・2
ガルデア町に入り、ロックの道具屋の近くまで来たときブレイドが立ち止った。
「この辺で、大丈夫だろ?」
「ていうか、最初から大丈夫よ。ここまできたんだから、夕飯でも食べてけば?」
「ああ。でも今、親父が旅に出ててさ、母さんを一人にしておくわけにもいかないから」
「おじさんが? 学者って旅に出て何するの?」
「さあ、知らねぇ。親父の仕事の事はさっぱりだし。……まあ、そんな訳だから、お前が今度泊まりに来いよ。母さん、喜ぶから」
「うん」
さっきまでは恥ずかしくて仕方なかったのに、今度は離れるのが寂しいような気分にかられる。ディアナがもじもじしていると、ブレイドが強く手を握った。
「明日な」
「……うん」
ディアナはブレイドが反対向きに走っていくのをじっと見送った。小さくなる背中を見ていると、なぜだか胸がきゅっと詰まる。寂しいと思うなんておかしい。泣きたくなるなんて、……そんなのありえない。あふれ出しそうな自分の気持ちを、ディアナはもて余していた。
やがて、すっかりブレイドの姿が見えなくなったところで、ディアナは自分の家の方へと歩き出す。すると、目の前の道具屋から商品の入った箱を持ったロックが出てきた。
「ディアナ? おかえり遅かったね」
「ロック」
ロックはいつものようにディアナに笑いかけた。それを見て、ディアナはブレイドの怪我の事を思い出す。
「ねぇ、ブレイドと喧嘩したって本当?」
その名前にロックの表情が一瞬固まった。その反応でそれが事実であることが分かる。
ディアナは意外に感じた。珍しいというか、信じられない思いだ。ロックが喧嘩すること自体もだし、相手が学年一強いと言われるブレイドだということにも。
「ブレイドと会ったの?」
「うん。さっき、そこまで一緒だった」
「そうか」
ロックは、ディアナを上から下までゆっくりと見た。そうして、ゆっくりと一つため息をつく。
「……そうかぁ」
その表情は長い付き合いの中でもあまり見たことのない表情で、ディアナは何故かギクリとする。
「……私はロックを見くびりすぎなんだって」
「え?」
「ブレイドが言ってた。私がさ、ロックが喧嘩なんかするわけないって言ったから」
「ブレイドが?」
「ロックも、……男の子なんだねぇ」
寂しいような気分で笑うと、ロックは思いつめた顔でディアナの腕を掴んだ。
「ディアナ、僕さ」
「え?」
強い調子で握られた手は、思いの外痛い。
「ちょっとロック、痛い」
「あ、……ごめん」
我に返ったようにロックは腕を離し、困ったように笑うと、ようやく口を開いて言った。
「……ディアナ、ブレイドとなんか、いいことあった?」
「ええっ!」
ディアナの顔が真っ赤になる。ロックにとっては、答えはこれで十分だった。
「良かったじゃん。僕、明日は先に学校行くよ。ちょっと用事があるから」
「え? そうなの。分かった」
まるで空気が固まってしまったように、その後は何の会話も出てこない。ディアナは急に居心地の悪さを感じて、「じゃあね」とそそくさとその場を後にした。
翌朝、ディアナはロックがいつものように後ろから声をかけてくるのを待ちながら歩いていた。いつもならばそろそろ後ろから追いつくのに。そう思ったところで、一緒に行けないと言っていた事を思い出す。
じゃあ、と速度を速めて歩き出すも、なんだか変な気分になる。
以前にロックが言っていた事を今頃実感する。ずっと一緒だった人が隣にいないのは、こんなにも心もとなく感じるものだったんだと。
やがて学園に着き教室に入ると、サラが笑顔を浮かべながら寄ってきた。
「ディアナ、待ってたよー。昨日はどうだったの?」
「どうだった……って」
思い出して、ディアナの顔が赤くなる。勘のいいサラは、これだけでわかったとでも言うようにうんうんと頷いている。
「よかったねぇ。じゃあ、今日も一緒に帰るんでしょ。また髪結ってあげようか」
「あ、ううん」
「?」
ディアナが首を横に振ると、サラが怪訝そうな顔をする。
「そうじゃなくて。……やり方教えて? 自分で出来るようになりたいから」
サラは一瞬不思議そうな顔をしたが、その後にっこりと笑った。
「……そうだね。その方がディアナらしいね」
「ありがと。サラ」
自分の力でやりたいということをうまく言えたかどうかは分からないけれど、サラには伝わったようだ。
「じゃあ、三つ編みのやり方からね」
ウィンクしてニヤリと笑うサラの指先をよく見て、ディアナは戸惑いながらも言われた通りにやってみた。そして、軽くさっきの言葉を後悔した。単純なのに、難しい。交互に編み入れていくだけなのに、なぜか緩んでくるのだ。
「ほら、ちゃんと抑えないからよう」
しかも、教えるとなるとサラは厳しい。弱音など吐こうものなら、鋭い目つきで睨まれる。
結局朝だけではできなくて、休憩ごとに練習して放課後までかかった。
「……どう?」
「うーん。まだボサボサ抜けてくるなぁ」
サラはまだまだ不満そうだ。勘弁して、と半ば拝むような気分でディアナは頭を垂れる。
その時、天の助けのように扉の方から、ブレイドの声がした。
「おい、ディアナ何やってんだよ」
そう言えば、一緒にルタ先輩のところに行くという約束だった。
「ちぇ、ブレイドくんが来ちゃったね。仕方ない、今日はこんなところで合格としましょう」
「あはは。サラ、ありがとう。ね、これホントに変じゃない?」
「うーん。まあ60点くらい。このボサボサ抜けてくるのがなきゃいいんだけどな」
「じゃあ、外した方がいい?」
「何言ってんの。今の為に頑張ったんじゃない。大丈夫。ブレイドくんならどんなディアナでも多分オッケーだから」
「サラ!」
赤くなって怒鳴るのも、サラは平気な顔で聞き流した。細い手が背中を押してくれて、ディアナは頷いてブレイドの傍に向かった。すると、苛立っているブレイドの顔が少しだけ変化する。
「あれ、お前」
「……変? やっぱり変?」
ディアナは恥ずかしくなって頭を押さえた。けれどもブレイドがその手をつかんで離して、まじまじと下手くそな三つ編みを見る。
「自分でやったのか?」
「そう。ちょっと離してよ」
「ふーん。なんか、見違えるな」
にやりと笑うブレイドに、心臓はドキドキと跳ねる。やっぱり頑張ってよかったと思えた事が嬉しかった。
教室を出て歩きながら、ディアナはブレイドに問いかけた。
「そう言えば、あんた、今日ロックに会った?」
一日で、一度もロックの姿を見ないなんて本当に変な感じだ。
「いや? 一緒に来なかったのか?」
「昨日、用事があるから一緒に行けないって言われたんだもん。今日も遅くなるようなら、先帰ってもらおうかな」
「……多分、もう帰ってるよ。それについては心配すんな。俺がうまいこと言っとく」
「え?」
「あいつ、変な気を使ってんだ。多分な」
ブレイドが、まだ腫れの残る口元を触って言った。
「変な気って……」
ディアナは昨日のロックとの会話を思い出す。あれだけで分かったんだろうか。ブレイドとの関係が変化したことを。
「……お前は、ロックと今まで通りがいいんだろ?」
「もちろん」
ブレイドが、少し困ったような表情をする。その意味はディアナには読み取れなかった。
「まあ、俺に任せときな」
ポンと頭を叩いた手からは、優しさが感じられた。




