幼馴染・1
それからしばらくの時間が経った。
今だ腕の中で大人しくしているディアナを抱きしめながら、ブレイドはふとロックの事を考えた。
勝手にすればいい、と吐き捨てるように言ったあの姿。普段の温厚さからは考えられない激情。どうしてロックは、それをディアナに見せない。
他の男に横から彼女をかっさらわれるのは我慢ならないが、ロックは別だ。今まで誰よりディアナの傍にいて、見守ってきたのは他ならぬロックだ。だからこそロックを差し置いてまで先に告白するのは躊躇われた。先に告白をして気持にケリをつけて欲しいと思っていた。ディアナがもう少し早くこれば話を立ち聞きさせることも出来たのに、なんていやらしい考えまで浮かぶ。
ブレイドはため息をついた。多分、怖いのだ。あんな弱そうな男に感じるには意外な感情だが、ロックの静かな情熱はブレイドには持ち得ないものだ。
ディアナが腕の中でもぞもぞと動く。ブレイドは、ディアナの耳をそっと両手でふさいで呟いた。
「やっぱり、聞かせなくて良かったのかな」
「え?」
「なんでもねーよ」
それでもし、ディアナがロックを選んだら。きっと自分は後悔しただろう。結局は堂々巡りになる自分の思考に嫌気が刺し、ブレイドは考えることそのものを放棄することにした。
「……帰るか」
いつしか、窓からは夕日が差し込んでいた。学生たちの声も、今ではあまり聞こえない。
ブレイドは、肩を鳴らしながらディアナを離した。うつむいて真っ赤になっているディアナを見て、悪戯心がわいてくる。
「赤サルみたいになってるぞ」
「なっ! なによ、……もうっ」
良く見ると、ディアナは涙目になっている。予想外な顔にブレイドも度肝を抜かれた。嘘だろう。そんな軽口で泣いたりするなんて。
「悪い、気にしたか?」
「は? 違うわよ。もう」
ディアナがうつむいて目をこするのを、少し罪悪感を感じながら見つめる。
「帰ろうぜ」
「……うん」
腫れた口元が話すと少し痛い。でも、この痛みが少しだけ心を癒してくれる。ロックが大切に見つめていたディアナを、自分が横から奪い去ったという事実から。
「ディアナ」
「なに?」
「……なんでもねー」
それでも、もう誰かに渡すつもりはなかった。むしろすっきりした気分だ。
ブレイドは隣を歩くディアナの揺れる髪を見ながら誓う。もう遠慮したりしない。ディアナの気持ちがここにあるなら。
*
ディアナとブレイドは夕暮れの中、一緒に家までの道のりを歩いた。途中方向が分かれるのだが、ブレイドが「今日は送る」と言って一歩も譲らない。仕方なくガルデア町まで向かっているところなのだが、急に女扱いされるとディアナとしても調子が狂う。
「ところで、お前剣は?」
「ああ、ルタ先輩と会ったら今日研いでくれるっていうから、預けてきたの」
「は? だから来るのが遅かったのか? 行く時は俺も行くっていっただろ」
「だって、120番教室に行く途中でばったり会ったんだもん」
ブレイドは不機嫌さを隠しもせずに、腕を組む。
「……いつ取りにいくんだよ」
「明日よ?」
「じゃあ、その前に俺を呼びに来いよ」
「なんでよ」
「なんでって……」
ブレイドはため息をついて、ディアナを見詰めた。
「あいつさ、お前に気があるんじゃないのか?」
「は? やあね、違うわよ。そんなん、ないない」
「何でわかる」
「何でって……」
真顔で問い詰められて、心臓が落ち着かない。一体何なんだろう。まさかブレイドがヤキモチというものを焼いているのだろうか。
確かに、ディアナも同級生たちに似たような感情を感じたけれど、自分がされると嬉しいような恥ずかしいような。……正直、面倒くさいような複雑な気持ちになる。
「だから、あたしがそんな風に見られる訳ないでしょ。こんな男勝りなのに。そんな物好き、あんたくらいよ」
「ばーか。お前、いつまで1年前のつもりでいんだよ」
「え?」
意外な返答にブレイドを仰ぎ見ると、彼の瞳は真剣だった。
「今のお前をみて、男みてーなんて思う奴いないよ」
「……そうなの?」
ディアナは両手を広げて、自分の姿を確認した。服装とかは以前と変わりない。例え治療師を目指すことにしてても、剣を扱うのは好きだし、動きやすくて軽い服が好きだ。
変わったことと言えば、年を一つとったこと、髪が伸びたこと、後はブレイドが好きだと気付いたことくらいだ。それだけでそんなに変わるものだろうか。
「とにかく、明日は俺も連れて行け」
「わかったわよ」
ブレイドが、自然に手を掴んだ。一歩前を歩きだし、ディアナは引っ張られるようにその後について行く。
胸が弾むような感覚に勝手に緩む口元をディアナは必死に引き締める。周りが気になって仕方ない。ブレイドと手をつないで歩いてるところなんて、ロックが見たら何て言うだろう。




