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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第二章
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放課後の教室・4


 髪を直して気持を落ちつけてから、ディアナは120番教室に向かった。


 別館の方は静かなものだ。先ほどバタバタと廊下を走る音がしたくらいで、学生もまばらにしかいない。


「ごめんブレイド、遅れた」


 ディアナが扉を開けると、すぐにはブレイドの姿が見えなかった。あの長身が分からないわけないんだけど、とあたりをきょろきょろ見回すと、ブレイドが奥の方で床に座り込んでいるのを発見する。


 その姿をみて、ディアナは驚いた。ブレイドの口元が腫れて血が出ている。


「どうしたのよ! 喧嘩でもしたの」

「……おせーよ」


 少し疲れたように、ブレイドがゆっくりを視線を動かす。


「だって、ちょっと色んな人にあって。ねぇそれより、見せてよ」


 治療をしようと伸ばした手を、ブレイドに掴まれた。心臓が飛び出すほど驚いて、ディアナはそのまま動けなくなる。


「いいんだ。これは、痛いままで。……治さなくていい」

「でも、一体誰と喧嘩したのよ」


 ブレイドは、うつむいて自嘲するように口の端を曲げた。


「……ロック」

「ウソでしょ。ロックが喧嘩なんかするわけないじゃない」

「するんだよ。あいつだって男だぞ。……お前は、ロックを見くびりすぎなんだよ」

「だって、あのロックが」


 いつも頼りなくて、平和主義でケンカ一つできなかった。泣かされてばかりで、いつだって自分が代わりにケンカしてやっていたというのに。


「お前が知らないだけだ」


 腕を掴んだまま、ブレイドが顔をあげる。強いまなざしに、思わず身をひっこめそうになった。ところが、ブレイドは強い力で掴んで腕を離さない。


「俺、お前が好きなんだけど」


 突然のブレイドの告白に、ディアナは一瞬訳が分からなくなった。


 今、何て言った? 好きって、どういう好き? ケンカ友達として好きって事? でもそんなの、この状況で言う訳ない。


 胸元をぎゅっと掴む。ブレイドの瞳は、槍のような鋭さを持ってディアナを射抜く。顔が火照って動悸が激しい。逃げ出したいような気分になるも、足がガクガクしていてそれも出来ない。


 何もいえなくなったディアナに、畳み掛けるようにブレイドが続ける。


「返事」

「え……と」


 口もうまく動かせなくなっているディアナの頬に、ブレイドの手が触れた。視線がはずされて、ようやくディアナは呼吸が出来る。ブレイドは俯いたまま、かすれた声をだした。


「……頼むから」

「ブレイド」


 いつも堂々として自信があって、ムカつく位強い男。ディアナの知ってるブレイドはそういう男だ。その彼が、こんなに不安そうな目をするなんて。


 ディアナの胸の奥で、何かが動き出す。


「……好き」


 絞り出した声は震えていた。逃げ出したいほど怖かった。自分の気持ちを伝えることは、どこかで弱みを見せてるようで。けれども、今のブレイドに応える術を、ディアナは他に見出すことが出来なかった。


「ブレイドが、好き」


 うつむいているディアナの顔を、ブレイドが手でそっとあげる。目が合うと、ブレイドが安心したように微笑んだ。その顔を見て、ディアナはこそばゆくて落ち着かなくなる。


「ね、やっぱり治そうよ」


 何とかいつもの調子に戻そうと腫れている唇に手を伸ばそうとしたけれど、ブレイドは掴んでる手を離してはくれない。


「いいよ、これは自然に治るくらいまでは痛くないと、……やってらんねー」

「なにそれ」

「いいから、ちょっと黙れって」


 ブレイドはそう言うと、掴んでいる腕を強く引き寄せた。驚いているうちに、唇が触れる。


「……んっ」


 初めて触れたブレイドの唇は、少しカサついていて血の味がした。心臓が壊れそうなほど激しくなっていて、頭の中が真っ白になる。目の前には、近すぎてよくわからないけどブレイドの閉じたまぶたがある。


 目があったら、どうなるんだろう。笑っちゃう? それとも、恥ずかしくて、また話をそらしてしまう?


 だけどもう少しだけ、このままでいたい。触れ合う唇が、意地とかこだわりとかそんなものを溶かしてくれる気がするから。


 ディアナはゆっくりと目を閉じた。


 静けさの訪れた教室に、遠くから学生たちのざわめきが聞こえる。触れた唇が離れて、もう一度優しく触れてそのまま胸に引き寄せられた。



「ブレイド」

「やっとわかった」

「え?」

「俺はずっとこうしたかったんだ」



 鼻を突くブレイドの汗の匂いに、安心する。本当だ。多分、自分もこうしたかったんだ。ずっと。あの汗の匂いを特別に感じたあの日から、この匂いにずっと触れたかった。


 ブレイドの腕の中で、次に一体どんな顔をすればいいのか考えながら腕の力が緩むのを待っていた。本当はずっとこのままでいたいと、どこかで願いながら。






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