放課後の教室・3
放課後になるとすぐ、ロックはブレイドに呼び出され、この120番教室に連れてこられた。
「なんだよ、ブレイド」
呼びだしたくせに、ブレイドは話にくそうにそわそわしている。ロックは、嫌な予感が的中しそうなのが憂鬱で苛立って問い詰めた。しかし、ブレイドがようやく口にした言葉は、ロックが予想していたものとは少しだけ違っていた。
「お前はさ、なんで動かねぇの?」
「は?」
「ディアナのことだよ。見てればわかる、お前があいつに惚れてることくらい」
図星を指されてロックは自分の顔が赤くなるのがわかった。けれども、ここで激高しても意味はない。敢えて冷静さを装ってブレイドに返す。
「そんなのお互い様だろ。僕だってわかってるよ。ブレイドの気持ちくらい」
「俺は、お前が動くのを待ってたんだよ」
その答えに苛立って、ロックは声を高くした。
「なんだよ。僕に先に告白して、振られて来いっていうのか?」
「まあ、平たく言うとそんな感じだな」
あまりにもあっさりというブレイドに腹が立って、ロックは思わずこぶしを握り締めた。ブレイドはそんなに余裕があるというのだろうか。だからこっちに後腐れが残らないよう、振られるのを待っているっていうのか。
ロックは悔しさに唇をかみしめる。確かに、ディアナが好きなのはブレイドなんだろう。自分が幼馴染の域を出ていないのなんて、言われなくても分かっている。だからと言って、振られて来いはない。あんまりだ。
「ブレイドに、僕の気持ちなんか絶対にわかるはずない!」
ロックは声高に叫んだ。本人も驚くほどの音量だ。
「僕がディアナを不幸にしたんだ。なのに、……どの面下げて言えるって言うんだ」
声が震えてくる。彼女を不幸にしたのは自分だ。彼女の母親が死んだのも、彼女が家族とうまくいかなくなったのも、全てが自分のせいだ。その想いは、長い間ロックを縛り付けている。
「言えるわけ無いだろ! 僕の傍にいてほしい、なんて」
ロックは喉の奥がつかえてきて苦しくなってきた。涙が浮かんでくるのを、堪えるので精いっぱいになる。
「……傍にいて、僕を幸せにしてほしい、……なんて」
言えるわけがないだろう。
そう言って肩を落としたロックを、ブレイドは神妙な眼差しで見つめた。
「それでも、言わないと後悔するのはお前だぞ」
図星だった。そう。言える訳がないと言い聞かせてなお、気持ちを失くす事が出来なかった。この気持ちを伝えることができなければ、いつか自分は後悔するだろう。
けれどもそれをブレイドに言われた事が悔しかった。ロックは思わず握り締めていたこぶしを、彼めがけて振りまわした。
「……っ」
ロックのこぶしは、ブレイドの頬に命中した。ブレイドの体が壁に打ち付けられ、唇が切れて血が出てくる。
「あっ」
ロックが我に返って手を伸ばそうとするのを、ブレイドは自分の手で制した。
「いい。触るな。別に平気だ」
「……ブレイド」
「ロック、俺は動くぞ。見てるだけなんて性に合わないからな。その前に、お前に確認したかっただけだ」
その真剣な瞳に、ロックの胸が疼く。ブレイドがその気になれば、ディアナは必ずブレイドのものになる。奪われたくはない。小さな頃からずっと、彼女だけを見てきた。ずっと傍で、見守り続けていた。
自分からは伝えられない。それでも、どこかでずっと期待していた。いつか、ディアナが自分を必要だと言ってくれるんじゃないかって。けれど、それは本当に期待でしかなかった。彼女にとって自分は、どこまで行っても幼馴染。ディアナの気持ちなんて、自分には手に取るようにわかってる。彼女は今、ブレイドへの恋心で苦しんでいるのだ。
悔しくて、苦しい。その胸の内を、ブレイドに読まれていることが、さらに自分をみじめにさせていく。
「勝手にすればいい。どうせ、……ディアナは」
そこまで言って、ロックは耐えられなくなって120番教室を飛び出した。
そうだ。どうせ、ディアナは、……ブレイドが好きなんだ。生まれた時から、ずっとそばにいるあの幼馴染の事を誰よりも分かっているのは自分だ。だけど、分かっているだけ。ディアナの事を助けてはやれなかった。あんな風に笑顔にしてはあげれなかった。……ずっと、傍にいることしかできなかった。
悔しさに浮かぶ涙を、誰にも見られなくなかった。ロックは全速力で廊下を走りぬけた。




