学園生活・1
学園生活は、翌日からすぐにびっちりと授業が組まれていた。一年生であるディアナたちは、冒険者の各職業の基礎が一通り授業に入ってくる。剣、魔法、歌、マッピング、道具についての講釈などだ。
そして本日の二時間目は、ディアナが最も苦手とする歌の授業である。ディアナは苦虫を噛み潰したような顔で、隣の席のブレイドに小声で話しかけた。
「どうして戦うのに歌や詩が必要なのよ」
「それは、歌に惑わされる魔物がいるからだ。そして、仲間が混乱したときに正気に戻すのもまた歌だからだ」
ブレイドが冷たい口調で言う。言い負かされてなるものかと反論しようとした途端、教師からの鋭い声が飛んでくる。
「次、ディアナ=アレグレード、歌って」
「……はい」
嫌だと思う時ほどあてられるものだ。ディアナは渋々といった様子で立ち上がり、教本に書いてある歌を歌った……つもりだった。なのに、不思議なほど自然に、音程がずれていく。頭ではちゃんとした旋律が流れているのに、声は勝手に変な音をだしてるのだ。周りは感嘆とは別の意味で周りはしんと静まり返っており、隣の席のブレイドだけが声を殺して笑っている。ディアナは殴りつけたい衝動を押さえて、なんとか最後まで歌いきった。
「はい、そこまで、……もう少し頑張ろうな」
教師の苦笑いに、ディアナの頬が染まる。歌だけは本気で苦手だ。だけど得意科目だけでは学園生活が送れないということを、今頃になって思い知らされる。
席に着くと、笑いすぎて涙目になっているブレイドが慰めのつもりか肩を叩いてくる。その態度に余計苛立ち、思い切り足を踏みつけた。
「いってぇ」
そんな声とともに、ブレイドがディアナを一睨みする。その鋭い眼光は、他の人間なら身がすくむのだろうがディアナは効き目がない。舌を出して、小声で毒を吐く。
「人の事を笑うなんて最低」
「んだとぉ?」
睨みあいを続ける二人をよそに、教師は次に後ろの席にいたロックを指名した。
「じゃあ、ロック=サニード、歌って」
ロックはこの手の繊細そうな教科が得意である。恥ずかしそうに小さく開かれた唇は、やがて気分が乗ってきたのか徐々に高らかな歌声を奏でる。その歌声が教室中に響き渡ると、感嘆のため息が漏れた。
「すげぇ。雲泥の差ってこういうのをいうんだよな」
隣の黒い男の囁きにディアナの苛立ちが増すばかりだ。おのれ、アンタが歌うときには思いっきり笑ってやる。誓いも新たにブレイドを睨みつけた。
その後も教師は順番に生徒を指定して行き、最後のほうでようやくブレイドの番になった。
「はい次、ブレイド=ウェルドック」
「はい」
立ち上がり、ブレイドが歌いだす。ディアナもチャンスがあればけなしてやろうと身を乗り出して聞いた。期待とは裏腹に、その歌声は辺りをしんとさせた。
もう声変わりの済んだ低い声。大きな体から吐き出されるその声には力があり、時折主旋律から外れることもあるのに、なぜか聞き惚れる。
ディアナは唇を噛みしめた。笑うことはできない。そう実感する。たいして上手くもないくせにと言ってやりたいところだけど、そう言わせないだけの質感がその歌声にはあった。
歌い終わると、教室がしばらくの間ざわめいた。ブレイドはにやりとディアナを見て笑う。その態度に苛立ちが増し、ディアナは悔し紛れに机の角を蹴った。
やがて授業終了のベルが鳴る。苛立ちを隠せないまま、ディアナは時間割を確認した。
次の授業は剣技だ。ディアナにとってはかなりの自信のある科目で。過去を例にとってみても、同級生の男子になど負けたことはない。今のこの悔しさを晴らすにはまたとない好機だ。
「……みてらっしゃい。絶対に、絶対に仕返ししてやるから」
ディアナが呟く小さな声は、誰の耳にも届かなかった。