新生活・3
「じゃあ、明日ね」
道具屋の前でロックと別れて、ディアナとブレイドは二人きりになる。ブレイドは先ほどからずっと不機嫌で、何を話しかけても「うん」とか「ああ」とか適当な答えしか返さない。もう家の前だというところで、ディアナは限界を迎えた。
「あんた、なんか今日機嫌悪くない?」
それがブレイドを煽るだけの言葉だろうとは思いつつも、ディアナは尋ねる。案の定、不機嫌な目をそのままディアナに向けて、口を開く。けれども、ためらうように一度息を吸ったあと、もう一度開いた。
「……だからそれはっ。あー、もうくそっ」
ブレイドは、自分の頭をぐしゃぐしゃにかきむしった。そして、間をおいてゆっくりこっちを見る。
「余裕がないからだろ?」
「は?」
「だから、……あーなんか、お前最近いろんな奴に女扱いされてるじゃんかよ」
「はぁ? なによそれ」
「気づいてねーのか」
「女扱いって何よ。そんなんされる訳ないでしょ。だって、……あたしよ?」
「おまえ……」
ブレイドは呆れたように大きな溜息をついた。目が合って、ディアナは思わずどきっとする。物言いたげなその眼差しに、悪態の一つでもつきたい。けれど何をどう言えばいいのか思いつかない。
「……ちょっと、準備運動がてら付き合えよ」
先に言葉を発したのはブレイドで、ディアナに向かって買ったばかりだという剣を投げた。
「え? だって、あんたのは?」
「俺は木刀で十分」
「なんですって!!」
確かに、最近の手合わせでは全然ブレイドには適わない。それでも、真剣に対して木刀で相手されるほど弱くなったとは思えない。
「いいじゃないの。やってやるわよ」
「は、いつでもいいぜ。来いよ」
もうディアナの家の前まで着いていた。庭にはいつも練習するときの為に広い空間があけてある。近くの木の根元に荷物を置き、庭の中央へ行って、ディアナとブレイドは対峙した。ディアナが剣を抜くと、ブレイドはもう一本練習用に持っていた木刀を構える。こうして向き合うときが一番近くにいる気がするな、とディアナは頭の片隅で思った。
「行くわよ!」
掛け声とともに剣がぶつかり合う。
ブレイドの新しい剣は、なかなか切れ味がいい。木刀に少しずつ深い傷をつけていく。打ち合って体を離す瞬間、ブレイドと目が合う。その一瞬に瞳が少しだけ柔らかくなり、微笑される。それは、いつものブレイドの表情で、何よりもディアナを安心させてくれるものだ。ディアナ自身も、ずっと心の奥に溜まっていたもやもやした気分が抜けてきたような気がした。
この方がいいや。そう思った。女としてちょっとダメでも、ブレイドとこうしていられる自分の方がいい。やっぱり好きだなんて伝えないで、このままケンカ友達の方がいいのかも知れない。
後ろ向きな考えにディアナが納得しかけたその時、玄関のドアが開いて、バジルの大きな声が降ってきた。
「何しておるんだ、お前たち!」
「きゃっ!」
驚いて、思わずディアナが剣を止めた。
「え! ……おい!」
ブレイドは勢いのついた木刀をすぐに止める事が出来なかった。木刀はそのまま振り下ろされ、ディアナの腕を打ちつけた。
ディアナはそのまま剣を落とし、けたたましい音が辺りに響く。
「いったーい」
「悪い、ディアナ。大丈夫か?」
「平気よ。自分で治せるから」
ものすごい音と共に感じた衝撃は、一瞬視界に星が飛んだほどだ。痛みにしびれて小刻みに震える腕を押さえて、ディアナは回復魔法を唱えた。
そのまま、ちらりとバジルに目を向ける。バジルは不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。額には血管が浮き出ていて、声をかけるのも躊躇うほど恐ろしい。
「こんちは、じいさん」
ディアナの心中とは裏腹に、ブレイドは呑気にバジルに声をかける。思わず感心してしまう。よく、この強面の人に気軽に話しかけれるものだ。家族である自分だって、今だに怖いのに。
「何をしている、ディアナ」
「あ、えっと、あの、ブレイドが父さんと手合わせをするって言うので、一緒に帰ってきたんだけど」
「それがなぜ、お前と手合わせしているのだ」
「それは、……その」
「じいさん。俺が誘ったんだ。ちょっと気分転換になるかと思って」
バジルが、じろりとブレイドに目を向ける。威圧感はたっぷりだ。思わず背中を丸めるディアナの横で、ブレイドもさすがに気まずそうな表情をする。
そこへ、父のデルタが家の中から出てきた。
「お義父さん、すいません。私のお客ですよ。ディアナも、ほらもう治ったようだし大丈夫ですよ」
「……ふん。今日の手合わせはわしがやってやる。ディアナ、お前は中でデルタと夕飯でも作っていなさい」
「え? おじいちゃん?」
「じいさんが相手してくれんのか?」
ディアナもブレイドも驚きの声をあげる。しかし、いきり立っている時のこの老人に敵う者は誰もいない。ディアナとデルタは家の中に押し込まれ、ブレイドは首根っこをつかまれて闘技場まで連れて行かれた。




