始まりの一日・2
「おのれ、ロック。なんで私がこんな必死こいて探さなきゃなんないのよ」
ディアナが独り言を呟いたその時だ。窓の外から、聞き慣れたおびえた声が聞こえてきた。
「や、やめてよ」
「だから、お前のその剣がぶつかったって言ってんだろ」
「だから、悪かったってば」
「それじゃ俺の気がすまねぇって言ってんだろ」
ロックの茶色い髪は壁に押し付けられ、大柄の黒髪の男がロックの持っている剣を指差して文句を言っている。ディアナは窓に駆けより、その光景を見て思わず笑ってしまった。あまりにも相変わらずの光景だ。ロックは変な奴に絡まれてるのが妙に似合う。そう言ったら、本人は怒るだろうけれど。
ディアナは含み笑いをして窓を開けると一気にそこから下に飛び降りた。身の軽いディアナにとっては二階から飛び降りるというのは慣れた動作だったが、この建物は一階部分が高いのか、地に足をつけた瞬間ドシッとした重い音とともに軽いしびれが足を襲った。突然上から現れたディアナを、ロックに因縁をつけている黒髪の男も、ロック本人も、度肝を抜かれたように見つめた。一番先に正気を取り戻したのはロックだ。
「ディアナ!」
「なにしてんのよ、ロック。捜したわよ」
「なんだ、お前は」
男がディアナを睨んだ。その姿を見て、ディアナはへぇ、と思う。黒髪で背が高く、筋骨隆々とした体つきのいい男だった。睨みつけてくるその眼も漆黒で、髪の色といい、この国ではあまり見ない容姿の人物だ。眼光は鋭く、隙がない。もしかしなくても、相当腕は立つように見える。
「私はディアナ。そこのロックの幼馴染よ。こういう時は先に名乗るのが礼儀じゃない?」
「はっ、上から飛び降りてきて礼儀も何もあるかよ。まあいい。俺はブレイド。……で、あんたはこいつを助けに来たわけ?」
「あんたが、ロックをいじめてるなら、ね」
ディアナが真っ直ぐに睨みつけたその視線を、ブレイドと名乗った男はそのまま見返した。しばらくのにらみ合いの後、ディアナが先に口を開く。
「こんな陰にロックを連れ込んで、何する気だったのよ、卑怯者」
「卑怯者? けっ、最初にぶつかってきたのはこいつの方だぜ」
「ロックに悪気があった訳ないでしょ。謝らない訳もないわ。それで許さないなんて、あんたの根性が悪いのよ」
「デ、ディアナ」
おずおずと、ロックが口を挟んできた。ディアナは軽く手でそれを払う。けれどもロックは諦めずに何度も物言いたげに口を開いた。
「ええい、うるさいわね! あんたの為にやってるって言うのに!」
「でも、あのさ、僕が悪いんだ。ちょっと剣を振りまわしてた時、この人の顔にあたって、その、あの、鼻血が…」
「鼻血?」
「!」
ブレイドは慌ててロックの口を塞いだ。しかし時はすでに遅し。そのキーワードは、ディアナの耳にばっちり聞こえていた。
「鼻血ぃ? うわーカッコ悪い」
遠慮することも無く、ディアナは思いっきり笑う。即座に赤い顔になったブレイドがロックに突っかかっていった。
「てめぇ、何余計なこと言いやがる」
「うわー。ごめんなさいー」
鼻血がでたブレイドを想像すると、この突っかかってくる感じは照れ隠しにしか見えない。ロックは怯えたようにディアナに助けの視線を投げかけるが、ディアナにとってはすっかりじゃれあっているようにしか見えなかった。
「あはははは」
ディアナがいつまでも大笑いしているので、ブレイドもロックも気が抜けたような顔になっていく。
「ぷっ。お前、馬鹿じゃねぇの。いつまで笑ってんだよ」
そう言って、ブレイドまでが笑いだすと二人の笑い声はなかなか止まらなくなった。やがて、おずおずとロックが口をはさんだ。
「ところで、そろそろ入学式始ってるんじゃない?」
「!!」
時計を見れば、九時十分。入学式は確か九時からの開始だ。三人は慌てて講堂まで駆けだした。確かに式は始まっていて、騒々しくドアをあけた瞬間、教師陣が鋭い目つきを三人に向ける。
「お前のせいだからな」
「何言ってんのよ、もともとあんたたちが喧嘩なんかしてっから」
「喧嘩なんてしてないよー」
「そこの遅れてきた三人! うるさい!」
祝辞を述べている校長にまで叱られ、三人は苦虫をかみつぶしたような顔で黙りこくった。ディアナが夢見ていた輝かしい栄光の学園生活は、こんな出来事により最初から泥を塗られる形となった。
そして式が終わり、発表されたクラス分けに従ってそれぞれが各教室へと向かっていく。そこで、ディアナとブレイドは再び睨みあうことになった。三人は同じクラスだったのだ。
「あーあ、サル女と一緒かよ」
「誰がサルよ。この筋肉ゴリラ」
「あんだと」
「何よ」
早速喧嘩を始める二人を見て、ロックがなだめに入った。
「まあまあ、二人とも同じサルの仲間じゃない。喧嘩しないでよ」
「……あんたの仲裁、ちょっとおかしいわよ。喧嘩売ってんの?」
「そうだよ。おまえはあれだな。かわいい顔して毒があるな」
「ええー。そんなことないよ」
結論として、再びいじられる形となったロックは慌てて首を横に振りまくる。その慌てようがおかしくて、ディアナとブレイドは顔を見合せて笑った。
周りの尊敬の視線を一手に集めようともくろんでいたディアナにとって、この始まりは予定外ではあったが、荒っぽくて口の悪いブレイドとの出会いはそう悪いものでもなかった。いつも情けない顔でついてくるロックと二人で連れだっているよりは、ずっと楽しいと思えたからだ。
「面白くなってきたじゃないの」
にやりと笑って腕を組んで教室を見渡す。期待の出来そうな学園生活の幕開けだった。