始まりの一日・1
木造だが堅牢な作りの校舎の周りには、木々が一直線に並ぶように植えられている。
それは南東方向から容赦なく差し込む日光を遮り、校舎内の空気を過ごしやすいものに変えていた。
ところどころに彫りこまれたタリス国王家の紋章は、この建物が王家保有のものであることを示している。
初めて学園の門をくぐり、その入り口で右往左往する新入生たちは、顔見知りと出会うたびに戸惑いと期待の混じった声をあげた。それを横目で見ながら、ディアナはきょろきょろとある人物を探し回っていた。
一通りホールは歩き回った。続いて2階へと駆け上がり上からホールを眺める。それでも見つけられず、ディアナはため息をついて窓際に寄りかかった。そうして、吹きぬけの2階のところどころについているランプの流線型のフォルムを眺めながら、長いこと夢見ていたこの学園でのこれからの生活について想いを馳せた。
ディアナは幼い頃から勝ち気で、女だてらに同じ学年の男の子たちと同様に剣をふるってきた。そして、自分の同年代と区分される少年達には、今だ負け知らずだ。自信は過分なほどある。剣に関してそこらの男には引けをとるはずがない、と。それは剣技だけではなかった。魔法という、同級生たちはこれから習得するはずの分野に関してもだ。とりわけ回復魔法については、相当の才能があると自負していた。
これから出来るであろう数多くの友人たちが、きっとこの才能に尊敬のまなざしを向けるはずだわ。
ディアナは思わず鼻をふふんと鳴らす。自信満面でいるのが好きなのだ。しかし、一人で悦に入っているとなんだか違和感がある。いつもなら友人が何かしらのリアクションをくれるからだ。そして、そいつを探していたことを思い出して息を吐きだした。
「ええい、どこに行きやがったのよ、ロックめ」
ロック=サニードは、ディアナの幼馴染だ。生まれた時から近所で、初等学校も一緒なら冒険者学園への入学も一緒と、と腐れ縁は切れそうにもない。柔らかいふわりとした茶色の髪に穏やかな相貌。良く言えば気が優しく、悪く言えば頼りなくていじめられ体質なロック。そんな彼をいじめる奴を退治するのは昔からディアナの仕事だった。
ディアナはもう一度あたりを見回す。いつも自分の周りをうろつくロックがいないときは、たいてい変な奴に絡まれているのだ。もう15歳になる男が同い年の女に助けられるというのも格好がつかないだろうが、実際問題ディアナのほうが強い。そしてディアナは、自他共に認めるおせっかい体質なのだ。
「もう! またどこかで誰かに絡まれてんじゃないでしょうね」
上着の袖をまくりあげて、ディアナは再び慣れない校舎を探し始めた。
あたりをきょろきょろ見回しながら、周りの人々を観察する。この学園に制服というものはない。よって皆思い思いの服装をしているのだが。
剣を腰に下げているあの少年たちはおそらく剣士志望。ローブを着込んでいるのは、きっと魔術師志望。服装で志望職種がわかるのが面白い。
ディアナはクスリと笑って、自分は周りから見たら何だと思われるだろう、などと考えた。クリーム色の上着はローブ風で一見魔術師のようにも見えるが、中身は丈の短い動きやすいズボンと飾りのついた半袖のTシャツだ。腰に下げた長物は、父親からのお下がりの剣。使用年数は長いが、手入れの良いため切れ味は抜群だ。