修復・2
ブレイドは家につくと、母親のシチューを貪るように食べた。隣では、母親がうれしそうな顔でこちらを見ている。いつもと変わらぬ生活に戻れたことが嬉しくて、自然に頬が緩んだ。
じきに父親が、息を切らして帰ってきた。
「ブレイド! 帰ってるのか?」
「お、親父、お帰り」
頬に食べ物をいっぱい詰めている息子の姿を見て、アイクはその場に座りこんだ。
「何してんだよ」
「いや、帰ってこなかったらどうしようと思ってたから、……良かった」
メガネを直しながら、母親と同じことを言う父親にブレイドは照れ笑いを見せた。
「……親父、母さん。ありがとな」
「なんだ? 急に」
アイクとセリカは顔を見合わせた。ブレイドは、すっきりした気分で二人に向きなおった。
「俺を、育ててくれて」
「……」
「この家の子になれて、良かったよ」
「……ブレイド」
アイクとセリカがそろって涙ぐむのを見て、ブレイドは心から安心した。
良かった。この二人の子供になれて。本当の両親にどんな事情があったか知らないが、自分はもうこの家の子供だ。15年ずっとここで暮らしてきたんだ。帰ってこれて、本当に良かった。
捨てられるかもしれないという不安から解消されたブレイドの胸に残ったのは、同じように思い悩む一人の少女の事だった。
「……俺さぁ、ちょっと出かけてきてもいいかな」
「え? 今から? どこ行くのよ」
涙を拭きながら、セリカが言う。
「友達のとこ。今日中に言いたいことがあっから」
言うが早いか、ブレイドは自分の剣を手に取ると家を飛び出した。
「気をつけるのよ!」
背中に向けられた母親の声。それでも、心配することなんかなかった。ここが帰る場所だということは、もう揺らぐことはないと思えたから。
*
いつものように深呼吸をしてディアナが家のドアを開けると、今日はいつもと違う光景が広がっていた。父親と祖父が慌ただしく荷物をまとめている。
「お、ディアナ、お帰り」
父親が先に気が付き、声をかけてきた。
「すまんが、急に仕事が入ったんだ。西の山の入口で吸血ネズミが大量発生したらしい。討伐の仕事で、10日ほど家を空けるから。……いつものように、ロック君の家に行ってくれるか?」
「そう。……大丈夫、もう15歳だもん。一人で留守番くらいできるわよ」
剣士であり冒険者でもある父と祖父は、年に何度かこうして冒険の仕事にでる。主に国からの依頼なのだが、成功すればそれなりの報酬になる。冒険者の仕事で生計を立てているこの家では、もう当たり前のような事だ。
慌ただしく出ていく父と祖父を、ディアナはぼーっと見送った。
「気をつけるんだぞ」
「うん」
決まり文句みたいに言葉を交わして、父が家を出ていく。静まり返った自分の家は、寂しいけれど居心地はいい。変な緊張をしなくていいからだ。
「……なんか、食べよっかな」
独り言のように呟いて、台所に向かう。一歩一歩、歩くごとに胸が軋んでいく。胸に去来するのは寂しさだ。一人になるのが、じゃなくて。一人になって、安心してしまうことが寂しかった。実の父親なのに、実の祖父なのに。こうして一人になると、いつもどれだけ必死に気を使っているのかを、身にしみて感じてしまう。
「いやだなぁ」
独り言とともに、ディアナの目に涙がじわりと浮かんでくる。母親が生きてたら良かったのになんて、原因である自分には言う資格すらない。それでもそう思ってしまう。
ディアナは首を振って考えを追い出そうとする。弱くなるのは嫌だった。現実に負けるのなんか嫌いだ。やっぱりロックの家に行こう。そう思ってディアナは立ち上がった。人の中にいれば、弱音なんか吐いたりしない。泣くぐらいなら、無理やりに我慢したほうがマシだ。
その時、玄関の扉が外側から無遠慮に開いた。
「ディアナ! いるか?」
「ブレイド?」
戸口にいたのは、予想さえしていなかった黒い男。走ってきたのかものすごく汗をかいていて、少し濡れた髪から覗いた漆黒の瞳に、ディアナは一瞬目を奪われた。