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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第一章
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過去と真実・4


 互い以外誰も居ない教室の窓が、風で少し揺れる。驚いたように一度ロックが振り向いて、辺りを確認した後、再び口を開いた。



「臨月になって、産気づくには散歩がいいって言って、ディアナとおばさんはよく町中を散歩してたんだ。

その日、僕は野原でいつものいじめっ子達に嫌がらせをされてた。そしてばったりディアナたちと出会った。あのディアナが黙ってるわけないだろう? おばさんは止めたのに、ディアナはいじめっ子達を追いかけまわしたんだ」

「……どっちがいじめっ子なんだか」

「僕は助かったけどね。ディアナは川の傍までいじめっ子達を追いつめた。ところがそこで事件は起こった。川の際で喧嘩しているうちに、ディアナだけが足を滑らせて川に落ちてしまったんだ」

「……」

「激しい水音がして、ディアナの体は一瞬で見えなくなった。僕はあまりにも驚いて叫ぶことさえ出来なかったんだ。だけどその時、ディアナを救おうと、おばさんは身重の体で川へ飛び込んだんだ」


 ブレイドの思考が一瞬止まる。その光景を思い浮かべて、身震いがしたからだ。


「僕は我に返って近くの家に大人を呼びに行ったよ。そして二人ともすぐに引き上げてもらった。……でも、おばさんはその後お腹の痛みを訴えたんだ。どんどん息が荒くなっていくおばさんに、ディアナは必死に泣きすがってた。そのうちにおじさんとおじいさんがやってきて、おばさんを見てディアナを責め立てた。ディアナは、……その言葉も聞こえないように、必死で回復呪文と唱えてた。まだ、使えなかったのにね。だってその頃、ディアナは5歳だもん」

「……」

「必死だったんだと思う。あの眼差し、僕は一生忘れられないと思う。おばさんと、生まれてくる赤ん坊を救いたかったんだ、ディアナは。そのうちに治療師たちがやってきて、本当の回復呪文を唱え始めた。でも、遅かった。そのまま赤ん坊は、死産。おばさんも、川に落ちた時、頭や体に川石にぶつけてしまったらしい。意識も朦朧とした状態のまま、息を引き取ってしまったんだ」

「そんな」

「その時おじさんがディアナに言っちゃったんだよ。『母さんが、……赤ん坊が死んだのは、お前のせいだ!!』って。仲のいい夫婦だったから、おじさんはショックだったんだろうと思う。だけど、おじさんやおじいさんがおばさんの亡骸に泣きすがる中、ディアナが一人取り残されたように棒立ちになっていたその姿は、今も目に焼き付いてる。顔は涙でぼろぼろで、体中が震えてた。なんとかして慰めたかったけど、僕にはそれもできなかった。それどころかディアナが喧嘩をしたのは僕を助けるためだったと、そう言うことすらできなかった」


 ロックがこぶしを固く握りしめる。手の甲に血管が浮き出てくるのを見て、ブレイドはロックの中の後悔の強さを感じ取る。


「僕は……情けなくて申し訳なくて、見てられなくなって外へ逃げ出したんだ。そしてすぐ石につまずいて転んで、泣き出した。本当に格好悪い」

「ロック」

「その時、後ろからディアナが呆然とした様子で近づいてきたんだ。僕の膝から血が出ているのを見て、うつろな眼差しで手を差し出して回復呪文を唱えた。そうしたら、ディアナの手からほんのり温かい熱が出てきたんだ。癒しの光はすぐに広がり、膝の傷は見る見るうちに治っていった。僕は興奮してしまって、思わず叫んでしまった。『ディアナ、すごい、すごいよ!』って。でも……」

「でも?」

「僕の目に映ったのは、やっぱりディアナの泣き顔だった。『いまさら、できたって……』そう呟きながらぼろぼろと涙をこぼし続けるディアナに、僕は慰めみたいなことしか言えなかった」


 沈んだ空気が教室を包む。ブレイドは、沈み込んだ様子のロックに問いかけた。


「……なんて言ったんだ?」

「『きっと、おばさんがディアナに力をくれたんだよ』って。でもきっと慰めにもならなかったかもしれない。

それから何日かして、ディアナは木刀を持ち歩くようになったんだ。いつもみたいに笑って、まるで何事もなかったように肩を揺らして歩いてた。そして言うんだ。『私、剣士になるの!』って。まるで昔からの夢がそうであるようにだよ?

僕にはすぐ分かった。ディアナは、生まれてくるはずの弟の代わりになろうとしてるんだって。だけど僕には何にも言えない。だって何もかもが僕のせいだからだ」


 静かに語るロックの口調は、穏やかだが悔恨に満ちていた。振り切るように顔を上げ、ブレイドに笑顔を見せる。


「あの時も、ディアナは僕のことを少しも責めたりしなかった」

「……」

「ディアナはそういう子なんだよ。だから、ブレイドの事も責めたりしないよ」


 ブレイドは、一つ溜息をついた。脳裏には何度も、あの時のディアナの耳をふさぐ姿が浮かぶ。


 もしかしたら聞かなければ良かったかも知れない。聞かなければ、ブレイドにとってディアナは、ただの気の強い生意気な女だった。だけど知ってしまったら、もうそういう風には見れない。


 結局のところ、ディアナは心から剣士になりたい訳じゃないのだろう。父親の為に? 愛情を取り戻すために? そんな理由で剣士になって、本当に後悔しないのか。おせっかいと言われるかもしれないが、このまま放っておける訳が無い。


 ブレイドは窺うようにロックを見た。その顔を見ているうちに湧いて出る疑問を、躊躇なく投げかけた。


「お前は、そこまで分かっててなんで……」


 ディアナを放っておくんだよ、と続けようとしたとき、教室のドアが開いた。


「ブレイド! いる?」


 大きな声と共に現れたのは、息を切らしたディアナだった。先ほどの話を聞いた後だからか、妙に動揺してしまいブレイドは立ちあがってしまう。


「ディアナ! お前、帰ったんじゃなかったのかよ」

「そうだけど。あの、校門前であんたのお母さんに会って、心配してるみたいだったから」

「……母さんに?」


 ブレイドは、夕べ家を飛び出してから何の連絡もしていない。わざわざ心配して迎えに来たんだろうか。家を飛び出した息子のために? そんな今までと変わりない母親の愛情がブレイドの胸を突く。


「いいお母さんじゃない。行きなよ、ブレイド」


 ディアナが、優しげな笑顔を見せる。いつもの嫌みの入った笑いとは違うこの顔が彼女の本心に思えて、ブレイドは胸が痛くなった。


「……分かった」


 ブレイドは立ち上がって、窓の外を見た。校門前に見えるのは母親のセリカの姿だ。そこへ向かうためにドアを通ろうとすれ違う瞬間、ブレイドはディアナの肩に触れた。何かを言いたくて。でも、何を言ったらいいかも分からずに結局ブレイドは黙りこむ。


「何?」


 キョトンとこちらを見るディアナに、胸を揺さぶられる。


「なんでもねぇ」


 戸惑う自分の気持ちを振り切るように、ブレイドは目をつぶって走り出した。




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