過去と真実・3
学園に入ると、すでに授業が始まっていて、二人は揃ってお説教を受けることとなる。加えて、ブレイドは昨日家を飛び出してきたままだったので、授業の道具を何も持ってきてはいなかった。結果、さらに怒られることになり、1時間教室の後ろに立たされた。
ディアナは、まるで何もなかったかのようにそんなブレイドを鼻で笑ってみせる。いつも通りの光景を、いつも通りの目線ではもう見れなかった。
ディアナの心の中にある闇を知ってしまった。それは今、ブレイドの心の中で、自分の過去の事実よりも重くのしかかってきていた。ブレイドはため息をついて、ディアナの横顔を眺めた。
*
その日全ての授業が終わった。ディアナが教室を出ていったのを確認してから、ブレイドは帰り支度をしていたロックの首根っこを捕まえる。
「ロック」
「うわ、なんだよ。ブレイド。苦しいって」
首元を押さえて逃げようとするロックを無理やり引っ張り、とりあえず頭を拳で一叩きする。
「なんで教えてくれなかったんだよっ。ディアナのこと。俺、あいつを傷つけるようなこと……」
「言ったの?」
「……多分」
言ってから肩を落としたブレイドを、ロックはため息をついて見た。
「大丈夫だよ。ディアナは君のこと責めたりしない。ディアナは口は悪いけどね、人のせいにするってことがないんだ」
「責められた方がましだ! あんな、……あんな顔、させるくらいなら」
「ブレイド」
「もう、お前が先に教えてくれてればこんなことにならなかったんだぞ」
ブレイドのそれは八つ当たりだ。自覚はあった。だから、ロックから「なんだよそれ!」と反論が返ってくることも予想していた。しかし、ロックは目をそらすように横を向き、珍しく激しい調子で叫んだ。
「言えるわけないよ!」
「ロック?」
大人しいロックがそんな叫び声を上げるとは思わず、ブレイドは驚きのあまり目を見開いた。彼はいつもの穏やかな仮面は剥がし、、苦しそうな表情で感情を吐露する。
「ディアナがどんな風に言ったか知らないけど、本当は僕のせいなんだ。ディアナのお母さんが死んだのは」
「……え?」
信じられない言葉に、ブレイドは黙りこむ。無言のブレイドを一瞥し、ロックは時々ためらいながらポツリポツリと真実を語る。それは、予想以上に重いものだった。
「……ディアナは祖父と両親の4人暮らしだった。おじいさんとおじさんは知っての通り有名な剣士で。おばさんはお城の治療師として働いていたんだ」
ロックは遠くを見つめるように語り始める。ブレイドは、向かいに座ってじっと耳を傾けていた。
「ディアナはそのころから活発……というよりは乱暴で、よく僕をいじめる子たちに木刀を持って戦いを挑んでたんだよね」
「はは。あいつらしいな」
「でも、そのころは剣士になりたいなんて一言も言ってなかった。おばさんに憧れていたみたいなんだ。僕と二人で遊ぶ時は必ず治療師ごっこ。必ず僕が病人の役で、ディアナは回復魔法を暗記して何度も唱えていた。まあ、呪文が使える訳じゃなかったけどね」
聞いてるだけで目に浮かぶような光景だ。横になってるのが嫌になったロックを、無理やるにでも押さえつけるディアナが頭に浮かんで、ブレイドは笑い出しそうになる。
「そして、おばさんが妊娠して。皆楽しみにしていたみたいだよ。『生まれてくるのは弟なの』ってよく言ってた。有名な占い師にみてもらったんだって。おじさんが凄く喜んでたらしくて、『生まれたら剣士にするんだって言ってたよ』って、少しだけ寂しそうにディアナが言ったのをよく覚えてる」
「寂しそう?」
「おじさんがあんまり喜んだからじゃない? 兄弟で嫉妬するのってよくあるんでしょ? 僕は分からないけど。一人っ子だから」
「俺もわかんねーな」
でも、嫉妬するくらい親子仲が良かったということなのだろう。ブレイドはそう解釈した。
「ここからが本題だよ」
ロックは一度溜息をついて、声を少しひそめる。ブレイドは再び彼の口元が動き出すのを、息を殺して待ち続けた。