武道大会・4
闘技場から降りながら、ディアナは奥の席にいる祖父をちらりと見た。
相変わらずの撫然とした表情で、その奥にある真意は読めない。
きっと、納得してもらうことは叶わなかったのだろう。今日は、まともな一勝をあげることも出来なかったのだ。それだけが残念で、ディアナは頭を垂れた。
「ディアナ、大丈夫?」
ロックがタオルを持ったまま駆け寄ってくる。それを受け取って汗を拭いたものの、そのタオルはブレイドに借りものだったことを思い出す。
「ごめん、アンタのだわ」
そのまま向かってくるブレイドの方に投げた。
「おう」
「さっきはありがとうね」
「ああ」
ブレイドは受け取り、額に浮かんだ汗を拭く。今の試合でも、運動量は相当あった。それでも、今かいている汗は一度で拭える程度のものだ。このタオルがこんなに汗臭くなるまでやろうと思ったら、一体何時間練習しなければならないのだろう。
ディアナは胸が詰まって落ち着かなくなる。目の前の黒い男を見ているとなんだか変な気分になるのだ。こんなにも強い。けれども努力は怠らない。それを嬉しいと思える。彼になら負けても仕方ないと思える事が自分は嬉しいのだろうか。
「ブレイド。私に勝ったからには、最後の試合も勝ちなさいよ」
「当たり前だろ。誰に言ってんだよ」
強がりを込めて言った言葉に、大きな力こぶを見せたブレイドがにやりと応えた。
そして試合は進み、決勝戦。対戦相手は、ブレイドと剣士志望の3年生の学生だ。
ブレイドは、ディアナのとの対戦よりもあっけなく、スムーズに勝利を収めた。見てる方さえ物足りないと思えるほどの試合展開の速さに、ディアナは胸が震えた。しばらく学園の中では、ブレイドの右に出るものはいないかも知れない。それくらい、彼は強かった。
礼をして闘技場から降りてくるブレイドに、ディアナとロックは歓声をあげて近づいた。優勝をねぎらいっていると、先ほどの試合で審判をしていたディアナの父親・デルタが近付いてくる。
「おめでとう。君はディアナの友達かい?」
突然声をかけられて、ブレイドは驚いて振り向いた。
「父さん」
「え? ディアナの親父さんですか? デルタさんが? すげぇじゃん。俺あなたの試合、去年も見てました。すごかった」
ブレイドは、ディアナと父親を見比べて笑顔を見せた。
「はは。君はなかなか筋がいいね。それにその黒髪……、ブレイドという名前」
「?」
デルタが考えるようなしぐさをしたのを、ブレイドは伺うように見る。
「昔、君に瓜二つの剣士と会ったことがあってね。確か、名前もそんな感じだったんだと思うんだが。まさか、君のお父さんではないよな」
「いいえ? 俺の父は学者をしていて、アイクといいますが」
何か言いたげなデルタの問いに、ブレイドが疑問に思いながら答えると、後ろの2人が爆笑し始めた。
「学者ぁ?」
「ブレイド、親から落ち着きを学ばなくっちゃぁ」
「ひー、似合わない! あんた、学者の子供だったの!」
「もう、うるせーな。お前ら」
冷やかされて、顔を赤くしたブレイドが二人に向かって腕をあげる。そのうちに、武道大会の本試合が行われるというアナウンスが入り、デルタは慌ただしく戻って行ってしまった。
ブレイドは疑問に思いながら、その去っていく後姿を見た。何かが引っかかる。自分に似た黒い容姿の男。黒髪と黒目は、この国では珍しい特徴だ。少なくとも、ブレイドは自分以外にその容姿の人間を見たことが無い。自分の父親と母親も違う。それまで、あまり疑問に思ったことはなかったが、そう言われてみれば自分は両親には似ていないような気がする。
「……いや、考えても仕方ねぇな」
自分の両親は、疑いの無い愛情で自分を慈しんでいる。何も疑問に思う必要はない。ブレイドは頭を振って、仲良く話す二人の友人の後に続いた。
それから、ディアナとロックとブレイドは3人で本戦を観戦した。一通り試合が終わると、隣村まで帰らなくてはならないブレイドが素早く立ちあがった。
「俺、もう行かねぇと。じゃあ、明日学校でな」
「はいはい。学者の父によろしく」
「もう、うるせーぞ」
ブレイドが恥ずかしそうに顔を赤らめる。ディアナはそのまま走っていく彼の後姿を見詰めた。
あれが、初めて負けた男の後ろ姿。悪くはないと思えた自分が意外だ。いやむしろ、初めて負けた相手がブレイドで、良かったとさえ思えたことが。
「ディアナ」
ロックに名前を呼ばれて、ディアナははっとして振り向いた。幼馴染は、相変わらずの穏やかな笑顔で彼女を見る。
「敗戦祝いでもしようか」
「なにそれ、嫌み?」
「違うよ。負けるのは、勇気がいっただろうと思って」
「だって勝てないんだもん、仕方ないでしょ」
そう答えながらも、ロックの気遣いが身にしみる。いつもそうだ。ロックはさりげなくそこにいて、さりげなく慰めてくれる。自分自身に負けそうになる時には、いつも傍にいてくれる。
「とりあえず、うちから持ってきた栄養ドリンクでも飲みなよ」
「さんきゅー。道具屋ロック」
腰に手を当ててグイッと飲んで、ロックと顔を見合わせてお腹の底から笑う。
今日は本当に複雑な日だ。悔しかったし悲しかったし、だけど嬉しかった。初めて負けたことで、少し肩の荷が下りたようなそんな気分もある。ディアナは感情のままに苦笑する。
「結局、おじいちゃんは認めてくれないんだろうなぁ」
ぽつりと言った弱気な言葉は、風に吹かれて消えていった。