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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第一章
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武道大会・4


 闘技場から降りながら、ディアナは奥の席にいる祖父をちらりと見た。

相変わらずの撫然とした表情で、その奥にある真意は読めない。


 きっと、納得してもらうことは叶わなかったのだろう。今日は、まともな一勝をあげることも出来なかったのだ。それだけが残念で、ディアナは頭を垂れた。


「ディアナ、大丈夫?」


 ロックがタオルを持ったまま駆け寄ってくる。それを受け取って汗を拭いたものの、そのタオルはブレイドに借りものだったことを思い出す。


「ごめん、アンタのだわ」


 そのまま向かってくるブレイドの方に投げた。


「おう」

「さっきはありがとうね」

「ああ」


 ブレイドは受け取り、額に浮かんだ汗を拭く。今の試合でも、運動量は相当あった。それでも、今かいている汗は一度で拭える程度のものだ。このタオルがこんなに汗臭くなるまでやろうと思ったら、一体何時間練習しなければならないのだろう。


 ディアナは胸が詰まって落ち着かなくなる。目の前の黒い男を見ているとなんだか変な気分になるのだ。こんなにも強い。けれども努力は怠らない。それを嬉しいと思える。彼になら負けても仕方ないと思える事が自分は嬉しいのだろうか。


「ブレイド。私に勝ったからには、最後の試合も勝ちなさいよ」

「当たり前だろ。誰に言ってんだよ」


 強がりを込めて言った言葉に、大きな力こぶを見せたブレイドがにやりと応えた。



 そして試合は進み、決勝戦。対戦相手は、ブレイドと剣士志望の3年生の学生だ。


 ブレイドは、ディアナのとの対戦よりもあっけなく、スムーズに勝利を収めた。見てる方さえ物足りないと思えるほどの試合展開の速さに、ディアナは胸が震えた。しばらく学園の中では、ブレイドの右に出るものはいないかも知れない。それくらい、彼は強かった。


 礼をして闘技場から降りてくるブレイドに、ディアナとロックは歓声をあげて近づいた。優勝をねぎらいっていると、先ほどの試合で審判をしていたディアナの父親・デルタが近付いてくる。


「おめでとう。君はディアナの友達かい?」


 突然声をかけられて、ブレイドは驚いて振り向いた。


「父さん」

「え? ディアナの親父さんですか? デルタさんが? すげぇじゃん。俺あなたの試合、去年も見てました。すごかった」


 ブレイドは、ディアナと父親を見比べて笑顔を見せた。


「はは。君はなかなか筋がいいね。それにその黒髪……、ブレイドという名前」

「?」


 デルタが考えるようなしぐさをしたのを、ブレイドは伺うように見る。


「昔、君に瓜二つの剣士と会ったことがあってね。確か、名前もそんな感じだったんだと思うんだが。まさか、君のお父さんではないよな」

「いいえ? 俺の父は学者をしていて、アイクといいますが」


 何か言いたげなデルタの問いに、ブレイドが疑問に思いながら答えると、後ろの2人が爆笑し始めた。


「学者ぁ?」

「ブレイド、親から落ち着きを学ばなくっちゃぁ」

「ひー、似合わない! あんた、学者の子供だったの!」

「もう、うるせーな。お前ら」


 冷やかされて、顔を赤くしたブレイドが二人に向かって腕をあげる。そのうちに、武道大会の本試合が行われるというアナウンスが入り、デルタは慌ただしく戻って行ってしまった。


 ブレイドは疑問に思いながら、その去っていく後姿を見た。何かが引っかかる。自分に似た黒い容姿の男。黒髪と黒目は、この国では珍しい特徴だ。少なくとも、ブレイドは自分以外にその容姿の人間を見たことが無い。自分の父親と母親も違う。それまで、あまり疑問に思ったことはなかったが、そう言われてみれば自分は両親には似ていないような気がする。


「……いや、考えても仕方ねぇな」


 自分の両親は、疑いの無い愛情で自分を慈しんでいる。何も疑問に思う必要はない。ブレイドは頭を振って、仲良く話す二人の友人の後に続いた。



 それから、ディアナとロックとブレイドは3人で本戦を観戦した。一通り試合が終わると、隣村まで帰らなくてはならないブレイドが素早く立ちあがった。


「俺、もう行かねぇと。じゃあ、明日学校でな」

「はいはい。学者の父によろしく」

「もう、うるせーぞ」


 ブレイドが恥ずかしそうに顔を赤らめる。ディアナはそのまま走っていく彼の後姿を見詰めた。


 あれが、初めて負けた男の後ろ姿。悪くはないと思えた自分が意外だ。いやむしろ、初めて負けた相手がブレイドで、良かったとさえ思えたことが。


「ディアナ」


 ロックに名前を呼ばれて、ディアナははっとして振り向いた。幼馴染は、相変わらずの穏やかな笑顔で彼女を見る。


「敗戦祝いでもしようか」

「なにそれ、嫌み?」

「違うよ。負けるのは、勇気がいっただろうと思って」

「だって勝てないんだもん、仕方ないでしょ」


 そう答えながらも、ロックの気遣いが身にしみる。いつもそうだ。ロックはさりげなくそこにいて、さりげなく慰めてくれる。自分自身に負けそうになる時には、いつも傍にいてくれる。


「とりあえず、うちから持ってきた栄養ドリンクでも飲みなよ」

「さんきゅー。道具屋ロック」


 腰に手を当ててグイッと飲んで、ロックと顔を見合わせてお腹の底から笑う。


 今日は本当に複雑な日だ。悔しかったし悲しかったし、だけど嬉しかった。初めて負けたことで、少し肩の荷が下りたようなそんな気分もある。ディアナは感情のままに苦笑する。


「結局、おじいちゃんは認めてくれないんだろうなぁ」


 ぽつりと言った弱気な言葉は、風に吹かれて消えていった。



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