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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
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終局・2



 ――――なんだろう、この温かい、懐かしい光は。


 おぼろげな意識が浮いたり沈んだりしている。


 時折、感覚が浮かび上がり夜風の寒さのようなものを感じる。と思えば、体の内部の痛みが意識をさらっていく。揺れているような感覚の中で、その温かい感覚がブレイドの神経をくすぐった。


 ――――知ってる。この空気。この光。とても懐かしい感覚。


 徐々にだが痛みが和らいできて、外部からの感覚がはっきりしてくる。


 ――――そうだこれは、癒しの光だ。


 そう思った途端に、急速に意識が戻っていく。



「お、れ……」



 ブレイドは、重たいまぶたをゆっくりと開けた。すると目の前に、真剣な表情で呪文を唱えるディアナの姿が見える。


 幻覚か? と思ったと同時に背中に激痛が走った。痛みの感覚が戻ってきたのだろう。お陰で幻覚ではないことも分かった。


 じゃあここはどこだ?


 ブレイドは目だけを動かして辺りを見た。どうやら今はディアナに膝枕されている状態らしい。けれども、温かい家の中かといえばそうではなく、やはりここはマドラスの夜の森の中だった。


「ブレイド、気が付いた?」


 頭の上から降ってくるのは懐かしいディアナの声だ。


「……本物か?」


 問いかけに、少しうるんだ瞳を細くしてディアナは笑う。


「失礼ね。幽霊扱いする気? 自分の方が死にかけてたくせに」

「だって……いっ」


 体を起こそうとして、ブレイドは激痛に顔を歪めた。すぐさまディアナに押さえつけられ、回復魔法を施される。彼女の回復魔法の効き目は相変わらずの凄さで、ブレイドは徐々にだが痛みが和らいでいくのを実感していた。


 じっと見ていると、ディアナの額からは汗が流れおちている。どうやら相当の魔力を使って魔法を施しているようだ。体にまで負担が出ている。けれど、ディアナはそれを気にした風もなく、呪文を唱え続けていた。その掌から放出される癒しの光は、今までにないほどまばゆい。


「ディアナ、無理すんな」


 ブレイドは、痛みをこらえながらその額に手を伸ばした。震えながら汗を拭いてやると、ディアナの瞳から涙がこぼれおちる。


「……大体」


 ディアナは呪文を一度止め、怒った表情で自分の腕で涙をぬぐった。


「英雄なんて言われて、いい気になってるからこんなことになんのよ」

「……はぁ?」


 突然のケンカを売ってくるような会話に、ブレイドは身を起こした。呪文が効いたのか、痛くとも動かせる程度にまでは回復している。


 上体を起こしたブレイドに、ディアナは気の強そうな瞳を向けると、人差し指を突き立てる。


「この国の一番の英雄はあんたじゃないわ。剣もできて回復魔法も得意なこの私よ。だから、……だから」


 その瞳は潤んでいて、声も涙ぐんでいて。それでも言ってることはかなり上からだ。


「あんたは黙って、私に甘えてりゃいいのよ」


 ブレイドは一瞬頭が真っ白になった。


 普通は言わないだろ、こういうことは。仮にも、たった今龍を倒した英雄に向かって。気が強いのにも程ってもんがある。


 ブレイドは、呆れを通り越して笑いがこみあげてきた。笑うたびに、背中がきしんで痛い。それでも、笑わずにはいられないほどおかしい。


「はは、お前って相変わらず、高飛車」


 お腹をかかえるブレイドに、ディアナは睨みつけようとして失敗したような変な顔を見せた。


「……ブレイド」

「分かってるよ」


 ブレイドは手を伸ばすと、ディアナを引き寄せた。栗色の髪が頬に触れて、ディアナの香りが心を満たす。


「お前は、俺の英雄だ」

「……っ、馬鹿」


 ディアナの手が、ブレイドの背中に回った。最初はためらいがちだったが、すぐにしがみつくような強さになる。泣いているのか、肩は小刻みに震えていた。


「本物のディアナだな」


 これだから本物は凄い。思い出の中のどんなディアナより鮮烈だ。過去の彼女より、現在の彼女が一番愛おしい。改めてそう思って、ブレイドもディアナを抱きしめ返す。


「……っつ、いて」

「あ、ごめん。痛い?」


 ボソリと呟いてしまった言葉に、ディアナが体を離す。ブレイドはその時、ディアナの左手の薬指に収まっている指輪に気づいた。


「お前、これ……」

「ロックがくれたの」

「ロックが?」


 今までの気分が一気に下降する。


 そうか。もうロックは、そこまで準備していたのか。せっかく生き残れても、もうディアナはロックのものになってしまったのか。


 ブレイドは視線を逸らして、ディアナから体を離した。するとなぜかディアナは離した分だけ近づいてくる。涙の浮かんだ瞳には、悪戯を仕掛けたような色を浮かんでいた。



「ロック、ブレイドに代金よこせって言ってた」

「は?」


 驚いて顔を見ると、後ろから枯れたロックの声がした。


「昔、ブレイドが頼んだんじゃないか」


 振り向くと、喉をさすりながらロックが立っている。こんな場所であっても、ロックはやはりいつものロックのまま、穏やかな笑みを浮かべていた。


「踏み倒しは許さないよ。ちゃんと払って貰わないと。先に渡しといてあげたんだから」

「お前ら……」


 ブレイドは喉元までこみ上げてきた涙に、言葉が続かなくなる。ちゃんとした理由も告げずに出てきたというのに、二人とも迎えに来てくれたというのか。


「馬鹿だな、お前らは」

「失礼ね、一人で行くなんて、あんたの方が馬鹿なのよ」

「そうだよ。大体失礼だよね。僕やディアナの力を信じてないんだから」


 ポンポンと言い返してくる二人の声。心地よくて懐かしくて、胸に沁みる。


 本当に、生き残れたんだ。信じられない気持でディアナを見詰めると、彼女は首をかしげて微笑んだ。


 旅立つ前の弱さは、今のディアナにはもう無かった。それを解き放ったのはきっとロックだったんだろう。そこに悔しさを感じてみるも、どうしようもない。ブレイドにはどうしてもロックに敵わない部分があるのだ。


 それでも二人はこうしてここにきて、あんな別れを告げても尚、ディアナはブレイドを選んだ。それで充分だと思えた。



 明け方近くなったころ、バジルとデルタがタンカを持ってやってきた。大人しくそこに乗せらせてブレイドはため息をつく。


「はは。背中が痛ぇ」

「うん。流石に治しきれなかった」


 顔の見える位置を、ディアナが寄り添うように歩いていく。足場の悪い中を歩くせいかタンカが時折木々の枝にぶつかり、ブレイドは痛みに顔をしかめる。


「生きてる証拠だね」

「……ああ。そうだな」


 ディアナはブレイドに笑みを向けた後、白んできた空を仰いだ。脳裏には、城の聖堂で見た聖母の白い彫像がうつる。


 ……神様なんて、今でも信じていないけど。


 そう思いながら、ディアナは木々の向こうに少しだけ見える空を見る。


 ブレイドを、生かしてくれてありがとうございます。もう一度、会わせてくれてありがとうございます。 

 一度は離してしまったけれど、これから先、夜の闇がどんなに濃く深くなっても、もう絶対に彼の手を離したりしない。


 晴れ晴れした気持ちで、ディアナは明けてくる空に誓った。


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