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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
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終局・1


 毎日馬を限界まで走らせた結果、ディアナたちがナナキ村に着いたのは出発から9日目の陽がかげろうとしている頃だった。浮かび上がる月は満月に近く、雲の動きが早いことが見て取れた。おそらく上空はものすごい強風が吹き荒れているのだろう。


 村人たちはディアナたちを見ると怪訝そうな表情をし、上空を見ながら「龍の怒りだ」と呟いた。そして、慌てて家の扉を堅くしめると、ノックにも応じようとしなくなった。


「……尋常じゃない風じゃな」


 バジルが顎をさすりながら言う。森の上部はまさに揺れているような状態で、そこから聞こえる轟音が物凄い。

しかし、不思議と村の中はそれほど激しくない。背後に控える岸壁のせいなのだろうか。


 バジルは村をキョロキョロと見回し、その中でも一際大きめの平屋の家に目をつけた。


「村の長の家はおそらくここじゃろう。一応聞いてみるとしよう」


 強めの力でノックすると、出てきたのは以前見た旅人風の男だ。


「……あんた、あん時の爺さん」

「お前が連れて行ったウチの英雄はどこじゃね」

「はっ、追いかけてきたのかよ。……物好きだな」


 男は、唾でも吐き出すように横を向いた。直感的にディアナは男に掴みかかる。


「ブレイドはどこ!」

「ディアナやめなさい」

「ブレイドの居場所を教えて」


 男は首元を掴んで突っかかってくるディアナを凝視した。顔を、体つきを、そして髪をじっと見て呟く。


「あんたは、ブレイドの?」

「早く教えてよ!」

「へぇ。まだガキの癖に。ちゃんと女がいたのか。……しかも、こんな気の強そうな」


 男は笑みを浮かべる途中のような表情で語る。笑おうとしたけれど笑いきれなかったという方が正しいのかもしれない。


「……ダリアも、大人しそうな顔して芯は強そうだったな」


 ポツリとこぼした一言は妙に情がこもっていて、ディアナは思わず手を離した。男は、一瞬ディアナを見つめると、村と隣接している森の一部を指さした。


「あの辺りに、森の奥まで通じている獣道がある。ブレイドは今朝そこから入っていった。今頃は緑龍と戦闘中だろう。この風がその証拠だ」

「何ですって」


 ディアナはすぐに踵を返すと森の入口へ向かう。


「ディアナ、待ちなさい。一度落ち着くんだ」


 必死に止めようとするのはデルタだ。


「今更落ち着いてどうするのよ。私は行くわよ。ここまで来たんだから」


 ディアナが闇に落ちていく森を睨んだ時、不意に風がやんだ。


「……え?」

「なんだ?」


 しばらく辺りを見回しても、風はもう吹いてこない。森全体が、先ほどとは打って変わって静かになった。


 ひどく嫌な予感がして、ディアナは後ろにいるバジルとデルタ、そしてロックに、扇動するように言った。


「……行かなきゃ」

「ああ」

「行こう。ブレイドを助けに」

「当たり前じゃ。死なせるか」


 こうして、4人は森へと入って行った。


 もう暗いのでランプに火をともし、それをデルタが持って先頭をすすんだ。その後、ディアナ、ロック。しんがりがバジルだ。


 森の木々は鬱蒼としていたが、明らかに切り開かれている一本道があった。おそらくはブレイドの通った道なのだろう。普段人が立ち入らないだけに、それは暗くても際立って目立っていた。


 どんどん足を速めながら四人は奥へと進む。それまで森の木々の匂いが充満していたが、やがて焦げ臭いような香りが混ざり出した。ディアナの心臓は呼吸を苦しくするほど早い。嫌な予感も頭から消えず、押しつぶされそうだ。


 ブレイドの無事を信じている。けれど、この静かさが怖い。戦っているのなら、何かしらの音がしてもいいはずなのに。


「ブレイド」


 ディアナが泣きたいような気持で名前を呟くと、そっと背中を叩かれた。顔をあげると、ロックが心配そうにディアナを見ていた。


「大丈夫だよ、ディアナ」

「……うん」


 ロックの言葉に励まされる。ディアナは唇をかみしめて前を向いた。不安に負けそうな心に言い聞かせる。


 ブレイドを助けに来たんだから。何があったって、ブレイドを助けるんだから。


 しばらくすると、イバラのような木々が開けた場所に出た。正面に崖が見える。すっかり夜も深まっていたが、木が開けている分月明かりで薄明い。


 手に持っていたランプを向けると、手前に倒れている人影が見えた。大きな体だが、ピクリとも動かない。


「……ブレイド!!」


 ディアナは慌てて駆け寄った。触った体は湿っていた。ひどい脂汗と、血の気が引いているのだろう、顔色は青ざめている。意識はなく、呼びかけにも何の反応もしない。

 けれど、脈はあった。首筋や血管の近くはちゃんと温かい。まだちゃんと生きている。


「ディアナ。……出来る? 回復……いや、蘇生呪文か」


 ロックの心配そうな問いに、ディアナは生唾を飲む。城で回復呪文が使えなくなってから、いまだ一度も回復魔法を使っていない。もし今度も使えなかったら。そう思うと恐怖はあるけれど。


「やる。……何がなんでも、やるわよ」


 ディアナは、拳に力を入れた。今できなかったら、母親の時の二の舞だ。大切な人を守りたくて得た能力を、今ここで使えなくてどうする。


「絶対に、ブレイドを助ける」


 ディアナは精神を集中して、目の前の救うべき人物に向き直った。


 その姿を横目で見ながら、ロックはバジルとデルタに、ブレイドを運ぶためのタンカをナナキ村から借りてくるように頼んだ。二人は頷いて、数時間かかって来た道をまた戻っていく。


 残ったロックは、ディアナが呪文を唱えている間に他の魔物が来ないよう、魔物除けの唄を歌い始めた。



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