戦い・1
ブレイドがナナキ村に着いたのは、出発してから16日目の事だった。途中馬車に乗って時間が短縮できた時もあったが、所持金の都合で大半が歩きだったせいで結構な日数がかかったのだ。
着いた早々、ブレイドは村人からの視線に気をとられる。誰もが、その黒髪を不吉なものと言うような目つきで見ているのだ。
犠牲になれという挙句に、異端扱いするのか。苦い表情を隠しもせずにブレイドは村人たちを睨みつける。そして、この地に足をつけたであろう実の父親の事を思った。
彼も、ここでこんな風に感じたんだろうか。嫌なところへきてしまった、と。
「龍のところへは、一人で行ってくれるか」
ここまで道案内をしていたベルクという男も、つれない調子で言った。思えばこの男も口数が少なかった。年代としてはブレイドの父親と同年ぐらいだし、せめて知っている情報を聞き出そうと、旅の間に父親について問いかけてみたが、当たり障りの無い情報しかくれなかった。どちらかと言えば、思い出したくも無いというように話をさえぎる方が多いくらいだった。
「死ぬ前にいいもの食わせたりしてくれないのかよ」
半ば自棄になってそういうと、ベルクは薄く笑って答えた。
「宿屋の主人に頼んでみろ。代金は俺のツケにして構わない。一晩休んで早朝に出れば丁度だろう」
そこら辺が最大の譲歩と言うところなんだろうか。こうなったら腹が千切れるほど食ってやる。ブレイドは意気込んで宿屋に向かった。
宿屋兼食堂の店主は、ブレイドを見て驚愕の表情を浮かべた後眼をそらした。ここの住民の態度としては当たり前なのかも知れないが、ブレイドには不快だ。ドンと強くテーブルを叩いて、半ば脅すような調子で食事を作らせた。
「代金はベルクが払うって言ってるんだから文句を言われる筋合いもないだろ」
ポツリとそう言うと、店主は軽く舌打ちをする。
村人からの冷たい視線を一身に浴びながら、自分が今までどれだけ幸せに生きてきたかを実感する。
母親のシチューの味。父親の新聞を読む横顔。ディアナの柔らかく揺れる髪。
思い出してポツリと漏れたのは本音。
「……嫌だな」
死ぬなんて、嫌だな。苦笑しながら、ブレイドは食事をかっこむ。
だけど、他にどんな手があったというのだろう。龍の力は絶大だ。本気で国を滅ぼすつもりなら、数日のうちにやられてしまうだろう。人一人の犠牲でそれが守られるなら、やはりそうするしかない。その道理には、ブレイド自身も納得できたのだ。
「まあまあ旨かったよ、おっさん」
満腹になった腹をひとたたきして、ブレイドは立ちあがった。
「今日は泊らせてもらう。明日の朝食も期待してるぜ」
店主が無言で手をあげると、奥から出てきた女性が、ブレイドを部屋まで案内した。特に際立ったところは無い普通のベッドに、ブレイドは体を横たえる。これまでの疲れがどっと出たのか、すぐに意識は飛んでしまった。
*
ナナキ村からマドラスの森に入って、半日も歩いたところに龍の巣はあるという。
早朝、店主を叩き起こすようにして作らせた朝食を平らげたブレイドは、水を飲みながらため息をつく。
「気は乗らないけど、行くしかないか」
このままここで休んでいても、体は休めても気は休まらないだろう。だったらまだ動いていた方が余計なことを考えずに済む。
細身の剣と軽い鎧、腕を守る小手、素早さを失わない為の最小限の防具を確認する。
龍に勝てるとは思えない。けれど、ただ黙ってこの身を差し出すなんて殊勝なことをするつもりは無い。せめて一太刀でも、手傷をつけてやる。
「行くか」
剣を握り締めて、ブレイドは宿屋を出た。幼い頃からずっと握り締めてきた剣の柄に、こんなに汗がにじむのは初めてのことかもしれない。目前に迫る死を前に、柄にも無く緊張しているのだ。
「俺が……か?」
一歩一歩力強く歩きながら、弱気になりそうな自分を叱咤する。他の誰にも代われない。黒の男だけが龍を止めることができるのだから。弱気になりそうな背中を押してくれる言葉は、記憶の中にあった。
「卑怯者には、ならない」
脳裏に浮かぶ、栗色の髪の笑顔。
「……だよな。ディアナ」
彼女を思い出すときだけは、本気で笑えているような気がした。