手紙・3
ガルデアについた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。ディアナの家には明かりがついている。デルタもバジルももう帰宅しているのだろう。
「ただいま!」
ディアナはロックとともに、家の扉を勢いよく開けた。
「……ディアナ?」
デルタとバジルは虚をつかれたような表情でディアナを見つめ返す。
「どうしたんだ、こんな時間に急に帰ってくるなんて」
心配顔のデルタを、ディアナは強い瞳で見返した。
「私、ブレイドを捜しに行く」
「え?」
「決めたの。助けに行くから」
「ディアナ!」
叱責するかのような強い声で名前を呼んだのは、デルタではなくバジルの方だ。
「だめだ。危険だ。ブレイドは龍のところへ行ったんだぞ」
「おじいちゃん、……知ってたの?」
「あいつが旅立つ前に一度捕まえた。……でもダメだったんだ。あいつは、自分から行った」
「おじいちゃん、私皆知ってる。今ブレイドの家で、おばさん達に届いた手紙を見てきたの。ブレイドが、龍の子孫なのも、龍と戦うためにマドラスの森に行ったのも、皆知ってる」
「だったら、なぜそんな危険なところへ行く! ブレイドが何を望んでいるのか、お前には分からないのか」
「分かってるよ。私を巻き込まないために、置いて行ったって事も。だからって、なんで大人しく従わなきゃいけないの!」
「……ディアナ」
バジルが、驚いたように眼を見開いた。ディアナの瞳には迷いがなかった。バジルに対して必ずあった機嫌を伺うような調子も、今は全くない。
「私は、……私よ。自分のしたいことをする。ブレイドを助ける。何もできずに死なせてしまうなんて、そんなのは嫌!」
「ディアナっ」
バジルが口を開きかけた瞬間、デルタが強い声で言った。
「私が、マドラスの森へ連れてってやろう」
「父さん!」
「デルタ、どういうつもりだ」
デルタは、睨みつけてくるバジルの視線に辛そうな表情を返したものの、はっきりとした口調で言った。
「お義父さん、ディアナを止めるのは無理ですよ。……ディアナは、リリアの娘です」
「……デルタ」
バジルの瞳が、悲しげにゆがむ。短い言葉は、どんなに言葉を尽くしたものより説得力がある。デルタの言った言葉の意味を、噛み砕くように含んで、溜息とともに吐き出した。
「……そうだな。……確かに、そうだ」
「おじいちゃん」
「だからリリアは、……お前を助けたんだ」
「おじいちゃん、ごめんね。……でも」
悲しげな表情になるディアナに、バジルは首を振った。
「いや、いい。……そうだな。わしは、そんなリリアを誇りに思うべきだったんだ」
項垂れたバジルを見ることはあまり無い。ディアナは胸が掴まれたような気持ちになる。
「そしてディアナ、お前のこともな」
「……おじいちゃん」
胸にこみ上げてくる感情に浸っている暇は無かった。バジルは一度うつむくと、意を決したように顔をあげ、老人とは思えないすばやい判断力を発揮し始めた。
「わしが連れて行ってやる。デルタ、剣士連合に行って、一番早い馬を用意してこい。それから、道具屋の坊主、お前は店から使えそうなものを取ってこい」
「ぼ、僕も行きますよ」
「じゃあデルタ、馬は2頭だ。早くしろ」
そう言って、バジルは手早く防具をつけ始めた。
「でも、お義父さん。もう夜深いですよ。この中じゃ馬は走れないんじゃ」
デルタが、扉を開けて深まった闇を見た途端、そう言った。
「……確かに。……まあいい、馬だけは準備しておいてくれ。坊主も、今日は家に帰って荷物を持ってこい。夜明けとともに出発だ」
手際よく準備を整えていく祖父に、ディアナは背中から抱きついた。
「おじいちゃん、……ありがとう!」
「……お前も一度寝ろ。ブレイドがこの町を出てから8日が経つ。追いつくには結構飛ばさなきゃいけないからな。明日からはきついぞ」
「うん」
バジルの皺だらけの手がディアナの頭を探りあて、優しく撫でる。ディアナの記憶にある中で、今が一番バジルを近くに感じた。
「ディアナ、僕も一度帰るよ。お爺さん、明日の夜明けには必ず来るから、置いて行かないでくださいね!」
ロックはバジルにそう声をかけると、そのまま出て行った。
久しぶりの自分の部屋に入り、ディアナはベッドに横になった。
「待ってて」
祈るように手を組んだ。でも願うのはブレイドの幸せなんて漠然としたものではない。幸せは自分で掴み取る。どうにもならないことだけを願おう。
どうか、ブレイドに追いつけますように。
「絶対に助け出すから」
ディアナにはもう、一欠けらさえ迷いは無かった。