手紙・1
まるで霧が晴れたような気分で、ディアナは城の廊下をひた走った。あれほど迷っていた心が向かうべき一点を見つけ出したことで、気持ちがいいほど体中に力が湧いてくる。
「カタリナ治療室長! どこにおられますか」
「ディアナさん?」
「私、今日付けで退職させてください」
いきなりの申し出にカタリナは言葉もなくしていたが、ディアナはその受諾を確認せずに踵を返した。聖堂前でロックを見つけ、共に城を飛び出した。
「でもさ、どこを探す? ディアナ」
「おばさんが言ってた人のところに行くわ。確か、ナナキ村の人だって言ってたよね」
「そうだね。でも手がかりがそれだけで大丈夫かなぁ」
「少なくとも行く村が分かってりゃ何とかなるわよ」
二人は足早に城下町にあるディアナの部屋へと向かった。すると、建物の前に1頭の馬がいる。ディアナは目を疑った。栗色のその毛並みには見覚えがある。
「……ブレイドの馬だ」
「え?」
ディアナは慌てて駆け寄ると、馬とその周囲をよく見渡した。
辺りには誰もいない。この馬がいるのならブレイドが乗っていたのでは、と思ったのだがそうではなさそうだ。
馬はあまりきちんと食べていないのか、前よりも痩せたようだった。背中には黒い鞍がついていて、そこに何か紙のようなものが挟まっていた。
「……これは」
引き抜いて見てみると、宛先はウェルドック夫妻になっている。ブレイドの両親だ。
「ブレイドの手紙だ」
字もブレイドの筆跡だ。なぜ、これを馬にくくりつけたのか、真意の程はわからないが、ブレイドが両親にあてて書いたものに間違いはなさそうだ。そして馬は、なぜか間違えてここへきてしまったのだろう。
「ロック、どうしよう。……これ」
「中を見てみる? それとも届けに行く?」
「届ける、……べきだよね。中を見るのはそれからでしょ」
中に何が書かれているのか。気にはなるが人の手紙を覗き見するわけには行かない。自分に宛てた手紙が無かったことには正直気落ちしたが、ブレイドが両親の事を忘れてはいなかったことはが単純に嬉しかった。
ディアナは慌ただしく旅支度を整えると、その手紙を持って部屋を出た。
「ロック、馬に乗れる?」
「うん、まあ。あんまり上手じゃないけどね。この馬に乗って行く?」
「馬車待ってるより早いでしょ」
「そうだね。じゃあ、落ちないようにしっかりつかまっててよ。ブレイドの家にいけばいいんだね」
「うん。お願い」
ロックが手綱を握り、ディアナはその後ろに乗って捕まった。二人も乗せるなんて痩せた馬には可哀想だが仕方ない。馬は嫌がるでもなく、ゆっくりと走り出した。風が頬に当たって、ああそれすらも久しぶりだったとディアナは大きく息を吸い込んだ。
途中ロックは、馬の方が疲れていると言って何度か休憩をとった。草地で草を食べさせ、川辺で水を与える。
ディアナは馬の世話については分からないので、ロックの指示に従った。こうして一緒に何かをやっていると、ついこの間まで、ぎくしゃくしていたのが嘘のように感じる。これが幼馴染の持つ空気というものなら、これはこれで最高に大切なものだと思える。
まだ暗くなる前に、ブレイドの家に着いた。ウェルドック夫妻は驚きつつも渡した手紙を一読し、黙ってディアナの方へ差し出した。
「……読んでも、いいんですか?」
「君に読ませてもいいか、本当は分からないけどね」
アイクは、少し困ったような顔で笑った。
ディアナははやる心臓を押さえながら、手紙に目を通した。懐かしい筆跡が告げた言葉はこうだ。