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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
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プロポーズ・7


「ディアナ」


 男の声で名前を呼ばれて、振り向いた。扉の近くに立っていたのはロックだ。


「ロック?」

「ここだと思ったよ」


 見透かしたような視線を向けて、ロックはゆっくりとディアナに小さな箱を差し出した。


「これ、受け取ってもらえるかな」

「なに?」


 組んだ手をほどいてロックの手の中をみると、その箱の中にはきれいな細工の指輪が入っていた。これの意味は、このあたりに住んでいる人間なら誰でも分かる。細工の指輪は婚姻の申し込みだ。そしてその意味にたがわぬ言葉を、ロックが口にした。


「ディアナ、僕と結婚してくれないか」

「……ロック?」


 ディアナの息が一瞬止まった。湧き上がる感情は驚きだ。告白の返事さえしていないのに、ロックがいきなりこんなことを言うなんてことはあり得ない。混乱するディアナを追い立てるようにロックはディアナの髪を触る。


「髪、似合うよ」

「あ、あの……」


 ずっとそばにいてくれて、小さな変化も見逃さないロック。ブレイドも言った通り、ロックとならば穏やかな時間がすごせるのだろう。それを幸せと呼ばなかったら、きっと罰があたる。だけど。


 ディアナの胸を占めるのは鮮やかなブレイドとの日々だ。別れを告げられてもなお、毎日のように思い返す、想いの数々。それが消せるか? 何度考えても無理だ。ブレイドがディアナに与えた衝撃や感情は、何物でもきっと塗り替えられない。


 ディアナが顔をあげると、ロックは穏やかな、それでいて試すような微笑みで見ていた。その顔を見て、……ディアナは目が覚めたような気がした。


 ロックは了承の返事を求めているわけじゃない。ディアナが出すであろう答えが分かっていて、それでも動けずにいるその背中を押そうとしてくれているのだ。ディアナは、唇をギュッと引き締めた。


『卑怯者には、ならない』


 1年前、マドラスの暗い森の中でブレイドが言った言葉だ。自分もそう誓った。ブレイドに自信を持って見せれる自分になると。


「……ごめん」


 ディアナの言葉が静かな聖堂に低く響いた。あまりにも静かで、言葉を続けるのをためらうほどだ。それでも、ディアナは震える唇を開いた。


「この手をとったら、私は卑怯者になる」

「ディアナ」

「心の中に、ブレイドがずっと住んでる」


 ブレイドを忘れることなど、できそうにない。待つことを、彼は不幸だといったけれど。本心を隠して誰かにすがる、そんな卑怯なことをする方がより不幸だ。幸せになれと言うならば、幸せになってやる。ブレイドを捜しだして、必ず幸せになってやる。


「私、ブレイドを捜しに行く」


 ディアナは決意を込めてはっきりと言った。言葉にしたことで迷いが、どこか遠くへ飛んで行った気がする。


「……そう言うと、思ってたよ」


 寂しそうに微笑むロックの声には、どこか安心したような響きがあった。


「でも、この指輪は持っててよ」

「……でも」

「これは、ずいぶん前にブレイドが僕に頼んだものなんだ」

「え?」


 もう一度、指輪を見る。小さな花がついていて、躍動感のある枝葉が印象的な指輪。


「ブレイドは、……みんな落ち着いたら、ディアナと結婚するつもりだったんだよ」

「ブレイドが?」


 震える手で、ディアナは箱ごと指輪を受け取った。


「ブレイドに、代金請求しに行かなきゃね。僕も一緒に捜しに行くよ」

「ロック」

「ディアナはその前に、退職願いでも出しておいでよ。辞めるんでしょ? ここ」

「うん。ロック、ありがと」


 久しぶりにスッキリした笑顔を見せて、ディアナは駆け足で聖堂を出た。しばらくすると、入れ違いでサラが静かに入ってくる。


「……本当に良かったの? ロック君」

「サラ。ありがとう、色々協力してくれて」

「私はいいけど。せっかくディアナが、ロック君の方を向くチャンスだったんじゃないの?」


 サラが、困ったように微笑んだ。ロックは静かに首を振った。


「ディアナは僕を選んだりしないよ。……分かったんだ、あの時」


 あの時。自分がブレイドの代わりになれないかと問うた時、彼女は言った。

『ロックは、ロックだよ』

 あんなに弱っていてもなお、そう言えるだけの強さが、ディアナにはある。ディアナは、ディアナなんだ。

自分の知るディアナは、2つ道があった場合、決して逃げ道である方を選んだりはしないだろう。あの時、それに気づいてしまった。



「ブレイドを見つけたら言ってやるんだ。……恋人にはなれなくても、僕の方がディアナの事は分かってるって」

「ロック君」

「ディアナが、大人しくブレイドの事を諦めると思ったら、……大間違いだよ」


 ロックが強く握った自分の腕を、サラの冷たい手が上から触れた。


「サラ……?」

「私、待ってるね。……二人が、ブレイドくんを連れて帰ってくるのを」

「うん」

「ずっと待ってる」


 そう言って穏やかに笑うサラの瞳が潤んでいてとても綺麗だった。この時胸の奥に湧きあがった小さな熱の正体に、ロックはまだ気づいてはいない。


 



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