武道大会・3
薄暗い個室の中、ひとしきり声を殺して泣いていたディアナは、ようやく大きな息を吐き出した。目元に手を当て、腫れを確認する。幸いタオルをずっと目に当てていた為か、すぐに水分を吸収してくれたのだろう。腫れぼったい感じはあまりない。
「ディアナ、いる?」
外からロックの声がした。長年一緒にいる幼馴染の声は、精神安定剤のような効能でもあるのだろうか。ディアナは急にホッとしたような気分になり、個室から出た。
「ああ、ここだったんだ」
ロックが安心したような顔をする。結構な時間探していたのだろうか。彼の額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「ごめん。結構時間経ってたのかな。……もう次の試合?」
「うん、そう。大変だよ。次、ブレイドとあたるんだって」
「ブレイドと?」
心拍が一気に跳ね上がる。その名前を聞いただけで、妙に動揺してしまうことにディアナは自分で驚いた。先ほどは対戦相手がブレイドなら、なんて思ったこともあったけれど。正直、ブレイドと真剣に勝負をして、勝てる気はあまりしない。前の対戦のときだって、あのままやってたらきっと負けていただろう。
ディアナは自分の頬をパンと叩いて喝を入れた。やる前から負けた気になって、勝てるわけがない。あれからやったたくさんの練習の成果を信じるしかない。
「望むところよ」
持っていたタオルをロックに渡し、代わりに剣を受け取った。強がりを一言言えば、なんとなく体もついてくる。ディアナは腕まくりをして、剣を握りしめた。
会場に戻ると、もうブレイドは闘技場の上で準備運動をしていた。
「すみません、遅くなりました」
ディアナが審判に礼をすると、すぐに武器の確認など規定の作業が行われた。準備を終えてブレイドの方を振り向くと、彼はまっすぐにこちらを見てにやりとする。さっき、泣いたのは気づいていたのかいないのか。あんまりにもいつも調子なので、気が抜けてしまうほどだ。
「手加減なんかしないからな」
清々とした顔で言われて、ディアナは逆にやる気が湧いた。
「当たり前でしょ。私だって」
気合いだけは負けないように胸をそらすと、ブレイドの背後に青い空が見える。泣いていたことなんて、とてもちっぽけなことに思えた。
「では、始め!」
試合開始の合図とほぼ同時に、剣がぶつかりあった。力を込めても、当然ながらブレイドの方が強い。敢え無くはじかれて、体が安定感を失う。そのまま身を低くして足元を狙ってみるも、あっさりと後ろに下がられてしまう。
ブレイドの動きはとにかく速い。体つきを考えれば、驚異的ともいえるだろう。それに、おそらく目がいいのだろう。ディアナの剣の動きは、すっかり拾われていた。
そのまま5分以上も打ち合っていただろうか。もう何度目か分からない程の剣のぶつかり合う音とともに、ディアナの手からその剣が離れた。反動で、ディアナが尻もちをつく。そこに出来た隙を、ブレイドが見逃す筈はない。彼の剣は、迷いもなくディアナの喉元をとらえた。触れるか触れないかの距離でちゃんと剣を止められるのも実力のうちだ。
「そこまで! 勝者はブレイド=ウェルドック」
観客から歓声が湧きあがる。ディアナは息が上がっていて、言葉も出せなかった。流れ落ちる汗だけが、ゆっくりとしたたっていく。
しばらくすると眼前に大きな手が差し出された。見上げると、やはり息を荒くしたブレイドが笑っていた。
「どうだ?」
「……まいったわ。今日の所はね」
ブレイドに引っ張ってもらい、ディアナも立ちあがる。それと同時に観客からはねぎらいの拍手が湧きあがった。ディアナは苦笑しながら、その拍手に応えるように礼をする。
完全なる敗北がここにあった。けれども、悔しさはなかった。
ディアナは笑顔を浮かべ、勝者に敬意を払うべく礼をしてブレイドと握手を交わした。
今の自分の精一杯の力が出せたと思う。それで負けるのだから、どう頑張ってもブレイドには勝てないのだろう。それでも、恥ずべきところはない。真剣に戦って負けたのだから。