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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
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プロポーズ・4


「ブレイドに何があったんですか?」


 セリカの目には、みるみる涙がたまっていく。必死にこらえようと目に力を入れているが、すぐに決壊して涙が零れ落ちる。


「……ブレイドの過去を知る人が現れたの」

「過去?」

「そう。ナナキ村から来たって言ってて。口ぶりでは、父親の事も何か知っているようだったわ」


 セリカの涙が、テーブルに小さな水溜りを作っていく。


「止める私の声も聞かずに、行ってしまったの。家には、それ以来帰ってきていないわ。それで、ディアナちゃんが何か知らないかと思って」

「私のところには昨日の昼に来て、……それで、……別れようって」


 ディアナの方も、思い出すだけで声が震えていく。セリカが、驚いたように目を見張った。


「ブレイドが、……そんな事を?」

「はい」

「そう。……じゃあ、やっぱり帰っては来ないつもりなのかしら。あの子は、……あなたの事真剣に考えていたわ。ちゃんと将来も見据えていたのよ」


 その言葉に、ディアナの胸がきしむ。それでも、ブレイドは行ってしまった。今となっては、別れの決意の大きさだけが現実として残る。


「……ディアナちゃん、私ね」


 セリカが、ポツリとつぶやいた。


「ブレイドを、捜しに行っていいのかどうか分からないの」

「おばさん?」

「ブレイドが攫われたっていうなら、何があったって捜しに行くわ。だけど、ブレイドは自分の意思で行ってしまった」


 糸の切れた操り人形のように、セリカはだらりと腕を投げ出す。


「母親って言ったって、私は本当の母親ではないんだもの。もうブレイドには必要がないのかもしれない。私には、あの子を連れ戻しに行く資格なんて、無いんじゃないかと思えて……」


 セリカをこんなにも憔悴させているものは不安なのだと、ディアナはふと気がついた。確かだと信じてたブレイドとの信頼関係が揺らいで、何もかもの自信をなくしている。


「おばさん。……それは、違います」

「ディアナちゃん、でも」

「ブレイドは、おばさん達の事とても大切に思ってた。他人の私が見てはっきり分かるくらいに」

「だけど、……あの子は自分から行ってしまった」

「それは……」


 ディアナの瞳も、悲しげにゆがむ。セリカを励ましつつも、置かれている立場は自分も一緒だ。ブレイドは自分で決めて別れを告げたのだ。行かないでと、すがる言葉さえも拒絶して。


 自分のことは信じ切れない。だけどディアナは確信を持ってこれだけは言えた。


「それでも、ブレイドはおばさん達の事をいらないなんて思ったりはしない」


 それだけは信じられる。ブレイドが、拾われた子だと知った時のあの衝撃、それを乗り越えてからの家族への信頼。それは揺るぎないものだと思えた。


「……ごめんね、ディアナちゃん。あなたも辛いのに」


 セリカは泣きながら、ディアナの手に触れる。温かさに、胸がギュッときしんだ。


「あの子は、……ブレイドはあなたに、最後になんて言った?」


 セリカの顔を見ながら、ディアナは記憶をたどる。


 涙でかすんだブレイドが、最後に言った言葉はなんだったろう。背中を向けて、小さな声で。


「……し、……幸せになれって」


 ディアナの目から、涙がこぼれおちる。あの日の記憶と涙はいつになったら切り離せるのだろう。


「ディアナちゃん」


 セリカは包み込むようにディアナを抱きしめた。


「ブレイドがそう言ったなら、あなたは幸せになって頂戴。それがあの子の願いよ。……ブレイドの事は、もう忘れて、自分の幸せを見つけて頂戴」


 優しい言葉に、ディアナはますます泣きたくなった。


 嫌だ、諦めたくない。心の奥でそう騒いでる。だけど、セリカは違う幸せを見つけろという。あの日のブレイドの背中も、そう言っていた。


 どうやって? とディアナは誰ともなしに問いかける。自分の幸せは、みんなブレイドと繋がっていたのに。どうしてブレイドを、この手でしっかり捕まえておかなかったのだろう。後悔しても遅い。もう自分は、手を離されてしまった。


 出来ることならもう一度、ブレイドを捕まえたい。そうする資格がある? それが、分からない。ブレイドを捜しに行ってもいいのか、その資格があるのかわからない。


 ディアナも結局セリカと同じ結論に至り、解決の糸口を見るける事は出来なかった。




 抱き合って涙をこぼす二人はとても頼りなげに見えた。ロックは一つ溜息をつくと、そっと流しの方に向かってお湯を沸かした。


 傷ついた心を癒すのは、簡単なことじゃない。誰がどう言葉を尽くして慰めたって、結局は自分の力で這いあがらなければいけないのだ。ロックが今出来ることは、せいぜい気が休めるように気を配ってやることくらいだろう。


 慣れない部屋の中からお茶を見つけ出し、カップに注ぐ。そっと二人の傍に置くと、ディアナの方が弱く微笑んだ。ロックはそれをただ黙って見つめながら、ディアナには似合わないなと思う。


 こんな弱々しい笑い方は似合わない。ディアナはいつだって力強く、生き生きとしていたはずだ。母親が死んだ時でさえ、ここまで弱くはならなかったのに。


 ロックは無言で自分のポケットを探った。指輪の入った箱が指に当たる。いつかブレイドがディアナに渡すと言った時にすぐにでも渡せるようにと、気を利かせて注文していた指輪だ。


――ディアナがディアナらしく幸せでありますように。


 その願いは、今もまだ自分の胸の中にある。ブレイドがもう叶えられないというならば、どうして遠慮する必要がある?


 ロックはポケットの中の箱を握り締めると、決意を固めたように前を向いた。




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