プロポーズ・3
その日の午後、クレオはディアナには控えの間にいるように言い、城の中では一番親しいであろうサラを呼び出し、ディアナの身辺を聞き出した。
「……と言う訳なんです」
「ディアナさんと、ブレイドさんが?」
クレオは意外だという感想を隠しもせず呟いた。
サンド村で見た時の二人は、とても自然に恋人同士に見えた。言い換えれば少しいちゃつきすぎなほどで、別れる可能性なんて、微塵にも感じさせなかった。もし、距離がそうさせたのだとしたら、それは間違いなく自分のせいだ、とクレオは思った。
「とにかく、ディアナさんをクビになんてさせられない。でも、呪文が使えないんじゃ治療室には戻せないしな」
一瞬迷ったが、すぐに解決策が見つかった。クルセアがいた。幸いなことに、クルセアはディアナになついていて、それを隠そうともしていない。多少の特別扱いも、幼い王女の我儘という風にとられれば大事にならずに過ぎてはいくだろう。
「しばらくの間、ディアナさんをクレセアにつける。役職は今まで通りだが、治療室勤務からは外す。そのように、カタリナと関係者に伝えてきてくれ」
「はっ」
クレオは側近のダールに向かったそう言った。ダールは、軽く頷いて部屋を出ていく。
「あとは」
クレオはサラの方に向き直った。
「申し訳ないが、あなたもしばらくディアナさんに気を配っていてはくれないかな」
「はい。……あの、お願いがあるんですが」
サラは一度迷ったように俯いたが、意を決した様子で顔を上げた。
「ロック君って覚えていますか? サンド村で一緒だった、もう一人の男の人なんですが」
「ああ。暗示を解いてくれた」
「はい。……彼は、ディアナの幼馴染なんです。多分、彼が一番、ディアナの力になれるはずなんです。もし可能なら、城に自由に出入りできる許可証か何かを出してはもらえませんか?」
「……そうか」
クレオは記憶を辿る。ブレイドに比べれば地味な印象だったが、穏やかで優しそうな男だった。確かに、彼ならば色々と気を回してくれるのかもしれない。
「分かった。……確か、家は道具屋をしてるといっていたよな。その辺から適当に理由をつけて、許可証をだしてみよう」
「ありがとうございます」
頭を下げたサラに、表を上げるように言う。その一瞬に見えた表情は、申し出が通った割には寂しそうだった。
あの4人の関係について深くは知らないけれど、きっと何か色々あるんだろう。そこに自分が入り込めないことを、クレオは少しもどかしく感じた。7つも年上のディアナに対するこの感情は恋ではない。けれど、ただの友情でもないとクレオは思う。
「他に、僕に出来ることがあれば言ってくれ」
「いえ、それだけで十分です」
二人はため息をついて、ディアナがいるはずの控えの間への扉を見詰めた。
*
夕方、ディアナが許しを得て、ようやく帰路につこうとすると、城門前にセリカとロックの姿があった。
「……おばさん」
セリカは少しやつれたような様子だった。ロックが、支えるようにして立っている。
「乗合馬車で、おばさんと一緒になったんだ。……ディアナに会いにきたんだって」
「私に?」
セリカは弱々しく頷くと、ディアナの方を見た。
「どこかで、座りましょうか」
「あ、はい。……私の部屋に来ませんか? 他のところより、ゆっくり話せるし」
「そうね。お願いするわ」
突然やってきたセリカに、ディアナの胸騒ぎが酷くなる。焦りが歩みに出たのか、やや早足で自宅へと戻った。
ディアナの部屋に移動した三人は、とりあえずテーブルに腰を落ち着ける。「お茶でも……」と立ち上がったディアナを制したのはセリカだった。
「いいの。ディアナちゃん、座って。大事な話なの」
そういう割には、セリカはなかなか本題に入らず、ただぎこちなく手をこすり合わせていた。数分が経つと、見かねたロックが口を開いた。
「ブレイド、家にも帰っていないんだって」
「え?」
ディアナは驚いて聞き返した。
突然の別れの前に、ブレイドに起こったことはディアナも何も知らない。けれど、あのブレイドが家族を捨てるなんてことはない。それだけは断言できる。