プロポーズ・2
王女の授業が終了すれば、本来はまだ謹慎中であるディアナの仕事は終わりだ。治療室への挨拶に伺うも、周りの視線は痛い。治療室長カタリナは理解してくれてはいるようだったが、毅然とした態度で自宅に戻るようにと言われた。
ディアナは帰る前にもう一度、と聖堂の扉を開いた。人の良さそうな神父は軽く会釈をし、「どうされましたかな」とディアナに近寄る。
「あの、少しお祈りをささげたいのですが宜しいですか」
「かまいませんよ。どうぞごゆっくり」
そういって、神父は奥へと下がっていった。しんと静まった聖堂の椅子に腰掛け、ディアナは一人祈りの姿勢をとる。
神様など、ディアナは信じてはいない。それでも、ここで祈ればブレイドに届くような気がした。
神妙な気持ちで目をつぶっていると、それをぶち壊すような騒がしい足音が徐々に近づいてきた。一体誰だ、と睨んだと同時に、勢いよく扉が開かれた。
「ディアナさん! 見つけたぞ」
「え? 王子殿下?」
そこに現れたのは、息を切らしたクレオ王子殿下だ。しかも表情は険しい。今度は何を叱責されるのか、とディアナは肩をすくめた。
「どうしたんですか。あ、謹慎中にここにいることなら。もう帰るところです。ちょっとだけお祈りがしたくて」
「……そうじゃない。探してたんだよ」
クレオは呼吸を整えながら、ディアナの傍まで歩いてきた。今はお付きの従者もいないようだ。
「治療室に行けばもう帰ったというし、門番に聞けばまだ通ってないというし。ダールはまかなきゃならないし。大変だった」
「はあ、すいません。……あの、何か用でも?」
「あの、さ。あの」
先ほどまでの歯切れの良さはどこへいったやら、急にしどろもどろになってクレオは目を泳がせた。ディアナとしても反応しづらい。ただ黙って目の前の少年の挙動を眺めていると、あろうことかクレオは椅子の飾りに思い切り自分の腕を打ちつけた。
「殿下! なにしてんですか」
当たり前だが、右手には小さなすり傷ができてしまっている。いきなり目の前で起こったことに理解がついてこない。
「……頼む」
「はい?」
クレオは赤い顔をして、ポツリと呟く。
「謹慎処分はもう終わりだ。治してくれないか、ディアナさん」
「……殿下」
これを言うためにわざわざ怪我をしたのだろうか。案外と可愛いところを見せるクレオがおかしくて、ディアナは笑わないようにするので精一杯になる。
「わ、わかりました」
クレオの手をとり、回復呪文をゆっくり唱えた。息をするくらい自然に扱える回復呪文。何よりもディアナが得意とするものだ。ブレイドもほめてくれた。
『……お前、本当にうまいな』
呪文を唱えるたびに、頭の上から降ってきた感嘆の声。そのたびに、ブレイドに認められているようで嬉しかった。他の誰でもないブレイドがそういう度に、胸が熱くなった。
「……っ」
ディアナの口から、呪文が途切れる。
「……ディアナさん?」
「すいません。もう一度」
思い出していると集中できない。ディアナは頭をふって、もう一度呪文を唱える。なのに、掌からは癒しの光が出てこなかった。
「もう一度」
何度繰り返しても結果は同じだった。いつもなら簡単に出来た回復魔法を出すことが出来ない。
「ディアナさん、どうした?」
クレオの怪訝な瞳がディアナをとらえる。ディアナの体は小刻みに震えていた。
涙も出てこないほど、呆然とした。信じられない。ブレイドがいなくなったくらいでこんな事も出来なくなるなんて。母親が亡くなってときだって、こんな無力感は感じたことなかった。今となっては唯一の自分の価値とも言える治癒能力。それがなければ、存在価値なんか無い。
「……って、ください」
「ディアナさん?」
「殿下、私をクビにしてください……」
すり傷の治らない王子の右手を掴んで、ディアナは震えながら言った。
「ディアナさん、まさか、……出来なくなちゃったの?」
クレオの声に驚きの響きが加わる。ディアナは何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。クレオは逆の手でディアナの手を掴むと、強く握りしめた。
「僕のせいか? あなたを追い詰めたから」
「違います。殿下のせいじゃない。……私が弱いからなんです」
「ディアナさん」
震えの止まらないディアナの手を、クレオはずっと握り締めていた。側近のダールが、二人の姿を探しだすまで、ずっと。