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黒の英雄と風の龍  作者: 坂野真夢
第四章
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告白・2


 背中をさすってくれるロックの手の温かさを感じながら、ディアナは告げられた言葉の真意を考えていた。


『僕は、……ずっとディアナが好きだったんだ』


 そうロックは言った。ずっとと言っても、ロックとディアナは生まれた時からずっと一緒の幼馴染だ。ディアナにとっては、ずっと泣きそうな顔で後ろからついてくるケンカ嫌いの弱虫だった。だけど、今ディアナの体を包む逞しい体は、そんな弱い男のものではない。ここに来てもう子供のロックではないことを突きつけられてディアナは動揺した。


「ロック……?」

「僕は、ずっと言えなかった。僕がディアナを不幸にしてるって、そう思ってたから」

「不幸……?」


 ディアナは小首をかしげる。母親が死んだあの事件の事をもしかしたらロックはずっと気にしていたのだろうか。あれは、ロックのせいじゃない。周りの事を考えずに、すぐケンカしてしまったディアナ自身のせいだ。


「あんなの、もう」


 気にしてないと続けようとして、ブレイドを思い出す。あの事を乗り越えさせてくれたのはブレイドだ。


 何を思い出しても、ブレイドにつながっていく自分にディアナは泣きたくなる。ロックの腕の中で、それを思うのはひどく悪いことのような気がした。


「ロック、離して」


 ロックからの返答は無い。腕の力は、緩むどころか一層強くなる。もう苦しいほどなのに、ともう一度手で押して離れようとした。


「離して」

「ディアナの傷が癒えるまで、僕が傍にいるよ。だから、……だから」


 込められた腕の力が、ロックの気持ちを突きつける。親愛とか家族愛的な好きではない、別の『好き』をロックはずっと隠し持っていたのだ。


 今まで、ロックは一度だってこんなに強い力を出した事はない。いつだって穏やかで、少し離れた所で見守るように微笑んで。だから、ディアナにとってロックはいつまでも優しい幼馴染で、いつだって本音を言うことができた。弱気になって振り向けば、いつもそこにいてくれる事に安心しながら。それはロックが、この激情をすべて飲み込んで隠していてくれたからだ。


 ディアナは唇をかみ締めた。……ずるいと思った。ロックの腕に甘えるのはずるい。ロックの感情を知っても、ディアナの頭にはまだブレイドしかいないのに。


「僕が、傍にいるよ」


 宥めるように言うロックに、ディアナはもうどういう顔をしたらいいのか分からなかった。ただ流れる涙をそのままに流す。ロックは服がぬれるのも気にせず、ずっとディアナの背中を撫でていて、自然とディアナはロックにしがみ付いていた。


 頭では分かっていた。甘えるのはずるい。……なのに。


「……っ」


 この温かさを振り払う強さが、この時はどうしてももてなかった。



 ディアナの祖父バジルの元に、ブレイドが待ち合わせの場所に現れなかったと連絡が入ったのは、もうじき昼になるという頃だった。


 昨日からの不安を抱えていたバジルは、慌てて馬を駆りブレイドの家へと向かった。馬を駆り、ニニカ村へとたどり着いたバジルは一目散にブレイドの家を目指した。


 家の中では、泣きながら騒いでいるセリカと、それをなだめるアイクの姿があった。自分の身分を説明すると、セリカはまだ動揺した様子で話はじめた。


 その内容をまとめるとこうだ。


 朝方、旅の男が現れて、ブレイドについてくるように言った。最初はためらっていたブレイドも、自分の出生の秘密を知っている素振りの男について行ってしまった。その後は、何の音沙汰もない。


 慌てたセリカは、村の人の留守番を頼んでアイクの職場である、城下町のはずれにある大学まで行き、事の次第を説明した。その後すぐに戻ったが、ブレイドが戻ってきた気配はなく、今後どうすればいいかを話し合っていたところだという。



「では、その男は、ナナキ村から来たと言ったのですな」

「ええ。実は、ブレイドの本当の父親はそこで消息を絶ったらしいのです。私たちが調べて分かったのは、それだけで」

「……その男は、確実にブレイドの父親を知っているということだったんですな」

「おそらくは。でもあの人はすごく嫌な感じだった。ブレイドに、ただ父親の事を教えるんじゃない。何か、……償えっていうような事を言ってたわ」


 セリカが、青い顔で頭を振った。これ以上の情報は聞き出せないだろうとバジルは判断する。セリカはあまりにも動揺しすぎているのだ。


「わかりました。わしの方でも探してみましょう」


 言うが早いか、バジルは再び馬にまたがった。


 ――あの男だ。


 バジルは舌打ちをする。この家に来たのはおそらく昨日のあの男だ。あの時に何か問い詰めておけばよかったと今更ながらに後悔する。


 ブレイドは、どこに行ったのか。いくらそんな事情があるとはいえ、あれだけ惚れ込んでいたディアナに何も言わずに行くだろうか。確かめる価値はありそうだが、今からディアナのところに行って間に合うとも思えなかった。


「ナナキ村か」


 ここからなら、ガルデアの町の南はずれから行くのが正規のルートだ。


「はってみるか。……他に手もないしな」


 舌打ちをしながら、バジルは遠くの一点を見つめる。


 やれやれ、老体に鞭をうたせおって。口の中で呟いた不満はとどまるところを知らない。見つけたら全部ブレイドにぶちまけてやる。なにより、うちの孫娘を泣かせたであろうことを叱り付けてやらねば。まあそれも見つけられればの話だが。



「……世話を焼かせおって」



 バジルの頬を、一筋の汗が流れおちた。


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