武道大会・2
試合は進み、勝敗が決まるごとに場内からは歓声がわく。進んでいく対戦を眺めながら、ディアナは緊張が高まっていくという感覚を味わった。そして自分の出番がやってきた。
「負けんなよー」
先に一勝を獲得したブレイドが、冷やかすように大声を出す。
「余計なお世話よ。私が負けるもんですか!」
強気な言葉は自分を奮い立たせるためだ。ディアナは意気込んで立ち上がる。
「両者、前へ!」
審判に促され、闘技場に足を踏み入れる。数少ない女の剣士が出てきたことで、観客からは歓声が上がる。
対戦相手のスティルは、背の高い細身の男だ。猫っぽいツリ目がギラギラしていて、鋭いナイフのような印象がある。ディアナは一つ深呼吸をすると、目の前の相手をよく観察した。
この体格からすると、ディアナと同じく素早さを武器にするタイプだろう。相手として相性が良いとは言えない。同タイプの剣士なら、男の方が力の点で勝るからだ。
ディアナは、頭の中で作戦を立てながら、開始の合図を聞いた。開始の瞬間、身を低くして相手の足もとに入る。足を狙って、よろけたところを狙う作戦だ。
しかし、スティルもやはり素早い。サッと足を払うと、高くジャンプして上から狙ってくる。ディアナはそれをかわして相手の後ろに回った。相手が振り向き、剣がぶつかりあう。固い金属音が鳴ったところで、ふう、と一つ息をつく。
手にかかる力は強い。でも、負けるほどじゃない。うっすら汗をかきながらも、ディアナはそう自分に言い聞かせる。これならブレイドの方がずっと強かった。大丈夫、負けない。
試合は長期戦になった。何度も剣をぶつかり合わせては、間合いをとり、また対峙し合う。じきに、スティルの方が息切れをし始めた。それを感じ取って、ディアナは左右に振り回すように動く。
どうやらスタミナではこちらの方が上らしい。であれば、いつか勝機が来る。タイミングを逃してはならない。今に必ず、隙ができる。
その時、スティルが妙な動きをした。腕と腕をこすり合わせるような動作が、妙に気になってディアナは一瞬動きを止める。次の瞬間、彼はディアナの目前まで走りこみジャンプした。
「……!」
痛みがディアナの目を襲う。何か砂粒のようなものが入ったのだ。目を開けていられなくなり、意識を耳に集中した。
スティルの剣が風を切る音が聞こえ、気配だけを頼りに左へよけた。間一髪でその剣はよけれたようだが、音だけを頼りによけるのには限度がある。ディアナは攻撃が当たらないよう動き回りながら、左手で必死に目をこすった。
心臓が早鐘を打ち始めた。焦ってはいけない。そう思うけれど、見えない相手と戦うのにそんなに冷静にはなれない。
「は、はあっ」
呼吸が荒れてくる。このままでは負ける、そう感じた。嫌だ、こんな形で負けるなんて。ディアナは涙が出そうになって、必死に歯を食いしばる。
頭上から音がして、咄嗟に剣を構えた。金属音とともに、剣に重みを感じる。どうやらはじき返したようだが、次の一撃は避け損ね、腕に痛みが走る。
ディアナはもう一度目をこする。なかなかとれない痛みに八つ当たりをしたくなる。
こんな風に、能力とは関係の無い事で負けたくない。負けるならちゃんと負けたい。正々堂々戦って、自分より強いって思えた人に負けたい。そう。……ブレイドみたいな人に。
そんな考えにいきついて、ディアナは本気で涙が浮かんできた。
その時、剣の振り下ろされる音が近くからした。距離が近い。避けれない。怪我をするのだけはごめんだ。ディアナは咄嗟に剣を盾にした。
けれども、そこには衝撃がかからなかった。代わりに、聞きなれた声が響く。
「……卑怯な真似は、やめてくださいよ」
それは、ブレイドの怒りを含んだ低く重い声。涙とともに目が開けれるようになると、自分を狙った剣を受け止めているブレイドの姿が見えた。
「なにが卑怯だ。勝手に試合に乱入してくんなよ」
スティルは顔を赤くして怒りだした。ブレイドは表情を変えないまま、彼の腕を持ち上げた。
「この袖口に砂袋が仕込んであるでしょう。俺、目はものすごくいいんです。会場の人に判断してもらったらいい」
スティルは慌てて腕をひっこめる。すぐに大会の審判がやってきて、その袖口を確認する。そして無言で頷くと、ブレイドには観客席に戻るように言った。
「……確かに。君は反則だ。勝者はディアナ=アレグレード!!」
審判が、ディアナの腕を取った。立ちあがって礼をすると、あたりは歓声で沸いた。ディアナは人事のようにその音を聞いていた。
嬉しくは無かった。こんな勝ち方を、自分は望んだ訳ではない。もっと、ちゃんと戦って勝ちたかった。女だから勝てないなんてことはないと、証明したかった。あのまま負けているよりはマシだけれど、気分は少しも良くはなかった。
「……ブレイド」
闘技場から降りて、自分を助けてくれた男に向かい合う。ブレイドは困ったような顔で、ディアナを見た。
「余計なことだったか?」
「ううん。ありがとう」
「でもお前、嬉しくないんだろ」
「……」
いい当てられて、ディアナは言葉に詰まる。なんで分かるのだろう。……分かるか。同じ剣士なんだから。誰だってこんな勝ち方をしても嬉しくなんかないだろう。
「くやしい。正々堂々、戦ってくれたら良かったのに」
心の内を、正直にブレイドに話す。すると悔しさのあまり、涙がこみ上げてきた。ディアナは慌てて顔をそむける。涙なんて、誰にも見せたくなかった。
すると、ブレイドが気遣うように言った。
「さっきの砂のせいで、まだ目が痛いんじゃないのか」
その言葉にディアナは食い付いた。悔し涙を流したなんて、誰にも知られなくない。砂のせいにしてしまえれば一番いい。
「そう。痛いわ、涙出てくる」
「ほれ、目ぇふけ」
ブレイドがタオルをくれる。顔に近づけてみるとものすごい汗臭い。一体朝からどれだけ汗をかいているものやら。けれどそれは、それだけ練習してたという証拠でもある。
対戦相手がブレイドなら良かった。ブレイドなら絶対あんな卑怯な真似はしない。胸が詰まって、ディアナはタオルで顔を覆った。
「痛い。目ぇ洗ってくる」
急いで、その場から離れた。悔しくて、悲しい。だけどそれとは少し違う感情で苦しい。汗臭いタオルが、どんどん胸を締め付ける。ディアナは、誰にも見られないように着替え用の個室に入りこみ、涙が止まるまでそのタオルを顔に当てていた。