告白・1
ロックはブレイドが去った後、事情の説明もそこそこに店の馬車を出して城下町に向かった。
出来ればブレイドに追い付きたいという思いはあったが、単身の馬と馬車とでは速さが違う。どう考えても追い付くのは無理だろう。ロックに無意識に舌打ちしていた。
「頼む、急いでくれよ」
いつもならば「ゆっくり走れよ」としか声をかけないのにと思うと苦笑してしまう。それでもねぎらいの気持ちをこめて馬の首の辺りを撫でると、気持ちが通じたのか馬はやや速い速度で走り始めた。
ロックがディアナの部屋の前に着いた時には、もう昼をとうに過ぎていた。一度も休まずに走り続けたせいで、馬もだいぶ疲れている。近くの公園の水を飲ませ、手近な木につないで背中を撫でてやると馬は嬉しそうに軽くいなないた。
「大人しく待ってろよ」
安心させるように馬の首を抱きしめてから、ロックはディアナの部屋の扉をたたいた。
「ディアナ、居ないの? 僕だよ」
部屋の中からは、すすり泣きのような音が漏れてくる。その合間に、掠れたような声で「ロック……?」と答えるディアナの声が聞こえた。
扉を軽く引くと動く。どうやら鍵はかかっていないようだが、ロックはすぐに開けるのは躊躇した。
きっとディアナは涙を見られるのを望まないだろう。ロックとディアナの関係は、同い年というよりは姉弟の関係に近い。ロックにとってはそうではないが、ディアナにとってはそうだ。ディアナはいつだってロックの前では強がろうとしていた。
しばらく待って、それでもディアナの嗚咽は止まりそうもない。意を決してロックは扉を開けた。
「ディアナ」
ディアナは扉のすぐ近くに、まるで崩れ落ちたような状態で両手をついて座り込んでいた。その体は小刻みに震えていて、怯えた小動物のようだった。目は真っ赤で、頬には幾重にも涙の痕がある。
「ディアナ……」
「ごめん。ひどい顔で。どうしたの、急に」
それでも、ロックからの問いかけには気丈に答える。
「ブレイドが、何か言ったんだね」
ロックが核心を突くと、ディアナの体がびくりと震えた。
その姿を痛ましく思いながらも、ロックはおずおずと近づきディアナの両肩をそっと掴んだ。違和感を感じるのは以前より細く感じるからか。おそらくは剣をふるっていた時よりも筋肉が落ちたせいだろう。
今のディアナにふてぶてしく強かった時の面影は全くない。それなのにロックの前では気丈にしようという意思だけが空回りしていて、ロックは胸が詰まった。
「全部言ってごらんよ」
ロックの声に、ディアナはゆっくり顔を上げる。笑って見せようとして失敗した顔だ
「わ、別れようって、言わ……れ……」
言葉にだすのは、思う以上に辛いのだろう。ディアナは最後まで言葉にできずに、口を押さえてうつむいた。
その姿を見ていると、ロックの口の中に苦味が溜まってくる。ロックの中で抑えていた感情が暴発し、ブレイドに対して憤りが沸いてきた。
言葉に出さなくても、ブレイドとの間にはちゃんとした友情が育ってるとロックは思っていた。だからこそブレイドにならディアナを渡しても良いと思っていたし、自分の分もディアナを幸せにしてくれると信じていた。なのに、なぜ今頃になってこんな風に泣かすんだ。
「ディアナ」
憤りは恋情をないまぜにして暴走する。ロックは、ディアナの震える肩を引き寄せ、強く抱きしめた。腕の中に納まる彼女は予想よりずっと小さくて細い。
ディアナが姉貴分でロックが弟分。そんな関係、身体的な面ではもうとっくに無くなっていたのだと思い知らされる。変わらないのは匂いだけだ。小さい頃、駆けずりまわって疲れて二人で眠ってしまったあの時と同じ匂い。
「……ロック?」
驚いたようなディアナの声に、ロックは腕の力を強める。
「ロック、離して」
「嫌だ」
言うつもりなんて無かったのに。一生、黙っているつもりだったのに。ブレイドが悪いんだ。こんなにディアナを夢中にさせてからいなくなるなんて勝手すぎる。
「僕がいるよ」
「……ロック?」
「ディアナの傍に、ずっといる」
自分の声を、まるでうわごとのように感じていた。深いところに隠していた感情を、鏡に移すことで表に出したような。確かな感情であるはずなのにどこか遠くに感じながら、ロックは続ける。
「僕は、……ずっとディアナが好きだったんだ」
ディアナが驚いたように体を揺らし、逃げられないようにロックは腕に力を込めた。
ブレイドがいった言葉が頭をよぎる。
『これからなら、お前のように、……ずっと傍にいてやれる男の方が、……幸せに出来るはずだ』
本当にそうなのか? ブレイドはそう思うのか? もしディアナを幸せに出来るんだとしたら。そしてブレイドが、もう本当に戻るつもりが無いのなら、もうこの手を、離したりしない。
ロックは自分でも予想外な程の熱い思いを、もう抑えることができなかった。