別れ・3
王宮の一室では、クレオ王子とクルセア王女が珍しく声を荒げていた。
「おにいさま、どうしてディアナさんの謹慎を解くように命令をださないのですか?」
「……それは。確かに無礼な話だったろう。お前にも教えてやったろう? 母上が俺たちに必要ないなんて」
「話が変わってます。おかあさまがそう思っている、ということだったでしょう?」
王子は、憮然とした表情で椅子に荒っぽく座った。30分だけという約束でお付きの者たちを下がらせてある。早く話をまとめてしまわなければいけないが、一晩考えても納得ができなかった。と言うよりは、納得したくなかった。
病弱な母親に心配をかけないために、自分は今まで必死に頑張ってきたのだ。人よりも多くの書物を読み、城のいかなる人物とも会話を重ね、父親の役に立って周囲をも安心させれるように。
11歳という年齢で、遊びたい気持ちも抑え込みここまでの知識を詰め込むことは、並みの苦労ではなかった。それも皆、母親のためだったというのに。
昨日のディアナの言葉は、そのすべてを否定したのだ。母親を治すために、弱さを見せて訴えろという。今さら、どんな顔でそんな事ができるというのか。
「私は、ディアナさんの言うこと、そうかもしれないと思っています」
無言を貫くクレオに、クレセアは話しかけた。
「ディアナさんが教えてくれたの。気持ちは、体をも変えるって。わたし、おかあさまが病弱なのは自分のせいだって思っていた頃、毎日とても苦しかったし、体も辛かった。
でも、今は元気です。おかあさまが、私を大事に思ってくれてるってわかったから」
せつせつと訴えるクルセアの言葉は、純粋であるが故に鋭くクレオの胸を突く。
「おかあさまもそうなのかもしれない。だったら、私はおかあさまに、泣いてでも言います。おかあさまが必要だって」
「お前はそうすればいい」
「でも、私だけじゃダメなんです。おにいさまも…」
「……」
「おにいさまじゃなくちゃ、ダメなんです」
「僕は……」
クレオが苦しそうに口を開いた時、扉がノックされた。「入っていいぞ」と返事をするとカルラが愛想笑いを浮かべて入室した。
「30分経ちましたが、そろそろよろしいですか?」
「カルラ、少しだけ待ってちょうだい」
「いや。いいよ」
反論しようとしたクレセアを、クレオが手で制した。
「……連れていってくれ」
カルラが頷いて、クルセアの手を取った。
「さあ、姫様、お部屋に戻りますよ」
「おにいさま」
クルセアは、唇をかんでクレオに向き直った。
「ディアナさんは、私の先生でもあるんです。私の授業の間だけは、謹慎を解いてもらいます。いいですか?」
「……勝手にすればいい」
目を合わせないようにうつむいたクレオに、クルセアは何か言い返してやりたかった。けれど、カルラに掴まれた腕から威圧感を感じて、ただ黙るしかなかった。