別れ・2
外は強い風が吹いていた。緑龍の影響はこの辺りには無いはずだが、一年前に比べればやはり風は強い。大気全体が多少なり影響を受けているのだろう。
ブレイドは、ためらうように何度か顔をあげた後、ついに言葉を出した。
「お前は、……どうなんだ? 最近」
「どうって何が? 元気だけど」
「そうじゃなくてさ。つまり、ほら、恋愛関係。好きな女とかできたのか」
「ああ。いや、別に何もないけど?」
ブレイドからその話を振ってくるのか? と、ロックはかなり怪訝な表情になる。
「でもさ、ほら、サラとか、お前に気があるみたいだったじゃん」
「あー、いや、あれは違うんじゃないかな」
一体何なんだろう。ロックは静かにブレイドを観察する。
表情が暗いし、何か思いつめているような様子もある。本心を言うべきかどうか悩むところだが、今さらブレイドに強がりを言っても仕方ないのでロックは思うがままを話した。
「……いつか、必ず現れると思うんだよね。僕を好きになってくれて、僕がディアナより大切に思える子が」
「ロック」
「だって、そうだろ? 僕ってさ、そんなに悪い奴じゃないと思うんだよね。ブレイドみたいに気が荒くもないしさ。誰しも皆、大切に思える相手を見つけて、結婚して家庭を作って行くのに、僕にだけそんな相手がいないわけないじゃないか。だから、そういう相手に出会えるのを待ってるんだよ。今さら焦ったって仕方無いからね」
ロックは、そう言ってブレイドの方を向いた。そして、……驚いた。
あの、いつも自信に満ちていたブレイドが、今にも泣き出しそうな顔で立っていたからだ。強くこぶしを握り締めて、まるで泣いているような声を出した。
「……現れないかもしれないぞ」
「え?」
「ディアナが、お前のそういう相手なのかもしれない」
「ブレイド?」
ロックが眉をよせて聞き返すも、ブレイドは目をそらしてうつむいた。
「俺じゃ、ディアナを幸せに出来ないって、……分かったんだ」
「何……言ってんだよ」
「ディアナの事、……頼む」
「ブレイド!」
ロックは、咄嗟にブレイドの胸倉をつかんだ。本気になれば簡単に振り払えるだろうが、ブレイドはそうはしなかった。
「何勝手なこと言ってるんだよ。ブレイドは、ディアナを救ってやったんじゃないか。今、ディアナが幸せなのは、ブレイドのお陰だろ」
「でも無理なんだ。俺とでは未来がない」
「ちゃんと説明しろよ!」
「俺と行っても死ぬことになる。かといって、置いて行ったらあいつは寂しいだけだ」
『行かないで』
ブレイドの脳裏からは、そう言った昨日のディアナが消えない。タガが外れたようにその願いを口にするディアナの乱れた様を見て、心は痛んだ。
ずっと我慢していたんだろう。いつだって強がって平気なふりをしていながら、本当はあんなに寂しかったんだと実感させられた。あんなに頼りなく泣くような思いを、これからずっとさせれる訳がない。
ブレイドは、振り切るようにロックの手を掴んで自分の胸倉から離させた。
「……お前は、自分がディアナを不幸にしたって言ってるけど、もうそんなの過去の話だ。俺と一緒に来れば、アイツを不幸にしてしまう。これからならお前のように、……ずっと傍にいてやれる男の方が幸せに出来るはずだ」
「ブレイド!!」
ロックの叫びを無視して、後ろを向いた。
「ディアナを、頼むな」
もう一度、望みを繰り返して走りだす。
「勝手だよ! いったい何があったんだ。……ブレイド!!」
ロックの声をこれ以上聞かないように、ブレイドは馬を止めていた町の外れまで一気に走った。遠くから何度も何度も叫ぶロックの言葉が聞こえる。
「今さらそんな事言うなんて、……勝手だよ!!」
ちゃんと前を見ないまま、走り続けた。いっそこのまま、心臓が止まってしまえばいい。心を切り裂かれるような痛みも、棘のように刺さってくる非難の言葉も、何もかも感じなくなるように。
町の外れまでつくと、栗色の馬が優しく嘶いた。背中をさすってやると、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「……仕方、無いんだよな」
呟いて、馬にまたがる。ディアナを思い出させる栗色のたてがみが、今は胸に痛かった。
不意に、陰に隠れていた男が姿を見せた。
「じゃあ、行こうか?」
「いや、もう一人、……別れを言わなきゃいけない人がいる。心配しなくてもちゃんと行くから、あんたは先に行っていればいい」
「信じられないな、逃げられては困る」
「じゃあ夕方、ガルデアの南のはずれで待っていてくれればいい。大丈夫、逃げたりはしない。この黒髪にかけて」
男は、ふん、と笑うと「いいだろう」と頷いた。絡みつくような男の視線に見送られながら、ブレイドは馬を走らせた。