黒い影・5
吐息が鼓動と同じ速さを刻む。一人用の華奢なベッドは、二人分の重みを支えきれないとでも言うようにギシギシと鳴った。
何度も唇を塞がれて、ディアナは若干の酸欠状態になりながら、彼の首に手を回した。
暗闇の中、ディアナを見下ろすブレイドは、最初の時よりもがむしゃらに触れてくる。それは久しぶりの逢瀬だからなのか、それともディアナと同様に不安があるからなのか。
初めての時、互いの間にはただただ愛しいという感情しかなかった。それはディアナを、そしてブレイドをとても満たして。自分自身をもより好きになれたのに。
今は違う。そうディアナは思った。少なくとも自分は違う。愛情だけじゃなくて、寂しさを紛らわせたい気持ちがある。泣いたら戻ってくること分かってるのに泣いてしまったことも後ろめたい。
自分の望まざる方向に変わっている自分が悲しくて、でもそれをどうしたらいいのか分からなくて、ディアナは必死にブレイドの名前を呼んだ。そういている間だけは、余計なことを考えずに済みそうだからだ。
一体いつから、こんな風に弱くなってしまったんだろう。一人では寂しさに耐えられないなんて、昔の自分なら言わなかった。ブレイドが大切で、一緒に歩いて行くためにこの道を選んだはずだったのに。今ディアナは歩いていない。立ち止まってる。
そして一番言ってはいけない言葉を口ずさみ続ける。
「行かないで」
その願いは、叶えられない。分かっていて、困らすような事しか言えない自分が、たまらなく嫌だった。
*
肩に触れた唇の感触に眠りの波をたゆたっていた意識が浮上した。
「悪い、起こしたか」
既に身支度を整えたブレイドが、ベッドに腰かけてディアナを見下ろしている。
「ブレイド、……もう行くの?」
時計を見るとまだ朝の5時だ。時節柄外はすでに白んではいたが時間としてはかなり早い。
「ああ。準備とか、何もしてないからな」
「そう」
「まだ寝てろよ。お前の仕事にはまだ早いだろ?」
「……うん」
自宅謹慎処分になったことを、一晩たってもディアナはまだ言えずにいる。
「三日なんてすぐだよ。土産話を楽しみに待ってろ」
そう言って、今度は唇にキスをしたブレイドを、ディアナはベッドの中から見送った。
「……行ってらっしゃい」
「ああ」
扉のしまる音。そして馬のいななきと、蹄が遠ざかる音が立て続けに聞こえた。胸が締め付けられて、ディアナは布団を頭からかぶって丸くなる。
「えっ……うえっ……」
一人の部屋に響く嗚咽は、誰に届くでもなく、そのまま空気にまぎれていった。