武道大会・1
新緑がまぶしい季節がやってくる。入学してから早一ヶ月が経っていた。
今日は、ディアナの住むガルデア町で武道大会が行われる日だ。天気は快晴で、うっすらと汗ばむほどの温かい陽気。時々吹く風が、熱気あふれる会場につかの間の涼しさを与えながら通り抜ける。
ディアナは日光を背中に浴びて、すがすがしい気分で伸びをした。
「よし、準備運動もオッケー!」
「もう、僕はヘトヘトだよう」
手近な練習相手として駆り出されたのはロックだ。ディアナにとっては、相手としては不足だが準備運動がてらにはなる。可哀想なロックは早々に汗だくになっており、手で首元をあおぎながらディアナの方を恨みがましく見ていた。
「これで僕が風邪をひいたら、ディアナのせいだよ」
「大丈夫よ。そんときゃ、あたしが治してやるから!」
「まったくもう」
何を言っても堪えない素振りのディアナに、ロックは睨むのを諦めて笑いだした。
やがて続々と腕に覚えのありそうな屈強な男たちが集まってくる。多くはこの町の剣士たちだが、他の町から来た人たちもいるようだ。
武道大会が行われる町は、国中で7か所ほどある。各町の大会で優勝すると、国が主催する武道大会への参加権が得られるというシステムだ。だから、自分の町で武道大会が行われないような小さな町や村の人は、近くの町の大会へと参加するのだ。その人波の中に、ディアナは見慣れた顔を見つけた。
「あれ、ブレイド!」
黒髪の少年は、呼び声に反応するとにやっと笑った。
「よお。ロックにディアナ」
「どうしたの? あんたの村は隣村じゃないの」
「俺は、毎年この大会を見に来てるんだぜ。それに今年は、学生参加のイベントもやるっていうじゃねぇか。俺がそれに出ない訳ないだろ」
「それもそうね。もちろん、私も出るわよ」
「俺とあたる前に負けんなよ」
「そっちこそ」
いつもの調子でブレイドと話して、ディアナは体が軽くなったような気がした。先月の授業以来、ブレイドと直に対決することはなかった。それはディアナにとって、安心することでもあり、物足りないことでもあった。
ここ一月、練習は今までの倍ほどやっている。父親に見てもらった限り、素早さだって上がったはずだ。今度こそ勝てる。そう意気込んで、体を力ませる。
「では、飛び入り参加したい学生諸君はこちらへ集まってください」
係員の大きな声に、ディアナたちは受付の方に集まった。
ガルデア町は武芸の町だ。剣士が多く住み、武道大会も長年の歴史がある。今年初めて開催されるというこの学生向けのイベントも、若い多くの学生にこの町をアピールしたいという意向があるのだろう。剣士が多ければ多いほど、国から渡される仕事の分量も多くなる。それは結果として町の繁栄につながっていく訳だから、こうしたイベントを大事にするのも頷ける。
参加人数が集計され、対戦相手が発表される。ディアナの相手は、同じ学園の2年生、スティルだ。
「1つ先輩か。頑張んないと」
ディアナは、ごくりと唾を呑んで剣を握り締めた。
武道大会は真剣で行われる。それは、学生向けのイベントでも同じらしい。手だれの剣士が審判について怪我に備えるとは言うが、油断すれば確実に怪我をする。その為に治療師も大勢配備されているのだ。
ちらりとあたりを見回すと、会場の奥には剣士連合の会長でもある祖父の姿が見えた。ディアナは祈るような気持ちで、厳めしい表情の祖父を見た。
どうか認めて欲しい。女だって剣士になれる。決して男に負けたりはしないということを。