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極彩色の思い出

作者: 筑間 陸

ちょっと昔に書いたものを手直しした作品です。未熟な部分もあると思いますが、読んでいただけると嬉しいです。また、感想などもいただけたら幸いです。

ぼくの名前はリク。一週間前に小学六年生になった十一歳。普通なら今は、もう最上級生になりクラスも変わって、浮かれてる時期だ。

 でもぼくには、最上級生もクラス替えも関係ない。

 理由は簡単。ぼくにはトモダチってもんがいないからだ。

 ぼくが教室に入ると、みんなは一斉に目を伏せる。

 なぜかって? それはクラスのやつらいわく、ぼくの目が『悪魔の瞳』だからだ。どうしてかって?

 それは……ぼくの右目が緑色だから。

 母さんに訊くと、ぼくの右目は生まれた時からこうだったそうだ。母さんは慌てて赤ん坊のぼくを眼科へ連れて行ったけど、別に病気でも何でもないらしい。

 大きくなってこの目を気にし始めたぼくに、父さんは『気にするな。結構かっこいいぞ』って言ってくれたし、母さんは『大きくなったら絶対にカラーコンタクトを買ってあげるから』と約束してくれた。

 でも、気になるもんは気になる。低学年の頃はまだましだったけど、五年生になった時に状況は最悪になった。

 なんと、青い右目からビームを発射する悪魔が出てくるアニメが流行りだしたのだ!

 当然ぼくは『おまえもビーム出してみろよ』と毎日からかわれたし、その悪魔がやられたりすると『負けちゃったなー、弱ぇ~』とかってさんざん笑われた。

 そうやってからかいはどんどんエスカレートして、ついに『あいつの悪魔の目を見たら呪われる』とか『あいつと目が合ったヤツは不幸になる』とか色々くだらないウワサが流れ、現在のぼくがある。不幸なのはぼくの方だ。

 だから最近のぼくは、よく授業をサボって運動場の端っこにある桜の木の下で本を読んでいる。今桜は満開で、落ちてくる花びらを見てるとついうとうとしてしまう。

 今日もそうやってうとうとしていると、ふいに頭の中に声が響いた。

『……い、おーい』

 ……だれだろう。聞き覚えのない声だ。

「誰?」 

 訊いてみた。夢なのは分かってるけど、訊かずにはいられない。

『誰でもいいだろ。それよりとっとと目ぇ覚まして、学校の裏に来いよ。約束だぞ』

「え、ちょっと待っ……」

 言いかけたところで目が覚めた。何か一方的に約束されたけど、どうすればいいんだろう。

「うーん……」

 一分ほど迷った末、やっぱり行くことにした。もしかしたら、宇宙人とかかもしれないし。



 約束の場所に来てみて、あぜんとした。

「え……? 君は、何?」

 ちょっと失礼かなとは思ったけど、つい言ってしまった。

 でも、しょうがないと思う。

 だって……だってそいつは、右目が緑のぼくよりヘンなんだもの。

 薄いピンク色のちょっと長い髪を後ろでくくっている。しかも黒いリボンで、だ。不思議なチョコレート色の明るい瞳は、ぼくの反応を見て笑っている。

 そして、

「さあ、何だろうな?」

 軽い、ちょっとかすれた声。

「で、アンタ名前は?」

 む、何か馴れ馴れしいな、こいつ。

「呼んだのはそっちだろ。だったらそっちから名乗るのが普通なんじゃないの?」

 ちょっとムッとして言う。

「ああ、そうか。オレは……セイだ」

 セイ、ね。

「ぼくはリク。小六。えっと、よろしくセイ」

「おう。ところでリク、その右目……」

 来た……。セイは何て言うんだろう。まあ慣れてるから、別に何を言われても大丈夫だけど。

「すげぇ。カッコいいな」

「……へ?」

 カッコいい? この右目が?

「どした? マヌケ面して」  

 セイが、不思議そうに訊いてくる。

「え、いやだって、今まで『カッコいい』なんて言われたことないから……」

「ふぅん。じゃあ何て言われてんの?」

「えーと、『悪魔の瞳』とか『あいつと目が合ったら不幸になる』とか……」

「へーえ、ヘンなの。何で?」

「え、何でって……セイ、知らないの?」

「何を?」

 首をかしげるセイ。い、いるんだ。あの悪魔のアニメ知らない人……。

「何って、今流行りの青い右目の悪魔が出てくる……」

「知らないな。で、リクはそれを気にしてんのか?」

「え……? いや、別に」

「じゃ、いいじゃん。それより、リク何歳?」

「十一。君は?」

 すると、セイは真面目な顔で、

「んー、三十ぐらいかな」

「えぇ? まっさかぁ」

 ぼくが笑うと、セイも笑った。あ、久しぶりだな、こうしてだれかと笑うの。

 ………あれ、ちょっと待てよ?

「ねえセイ、学校は?」

 ぼくが言えることじゃないけど。だって、こんなやつ校内で見たことないし。

「前からこの学校だけど……。ずっと行ってない」

 ええっ? 不登校児(ぼくも人のこと言えないけど)? あ、でもぼくと同じような理由かも……。

 と、

「おまえもこの学校なんだろ。授業はいいのかよ?」

 セイが訊いてきた。

「友達のいない教室なんて……つまんないよ」

 右目を指して答えると、セイは納得したようにうなずいた。

「……さて、まだ昼だ。時間はたっぷりある。遊びに行こうぜ」

「え? それはちょっとマズいんじゃ……」

 真昼間に片目が緑の子どもとピンクの髪の子どもが歩いてたら、どれだけ目立つことだろう。大人に捕まって親を呼ばれて……。うわ、ややこしくなりそう。

 迷ってるぼくに、セイは言った。

「何迷ってんだよ。大丈夫、オレ秘密の道とかいっぱい知ってっから。な、行こうぜ?」

「……分かった」

「よしっ、決まりだ。オレについて来い。こっちだ」

 楽しそうに駆け出すセイを見ながら、今年はいつもの一年とは違うかも、なんて思った。



 セイは本当に色んな道をよく知っていて、ぼくはついて行くのに精いっぱいだ。時々道じゃない所も通りながら、どんどん町を上って行った。

 ぼくがやっと最後の丘を登っていると、セイが呼んだ。

「おーい、早くしろよ。気持ちいいぜ、ここは」

 ぼくは丘を駆け上がった。

「うわぁ……」

 すごい。

 そこは絵に描いたような野原で、真ん中へんに大きな木が一本生えている。そしてそこから、ぼくの住んでる町が一望できる。

「な、すごいだろ」

 呆然と景色を眺めてるぼくに、セイが言う。

「うん……。こんな景色見たことない」

 しばらく感動にひたってると、ふいにセイが目の前に立ってどんっと押してきた。

「わあっ!」

 ぼくはしりもちをついて、後ろに倒れた。

「いきなり何するんだよ、もう」

 セイは笑って、

「そのまま上、みてみろよ」

 言われた通りにする。

「わぁ……」

 濃いスカイブルーの空に、色んな形の雲が浮かんでいる。あ、飛行機雲。

「すごいね……」

「だろ?」

 ぼくの隣に寝転びながら、セイが得意げに言う。

「…………」

 しばらく黙って空を見てたけど、やがてぼくが訊いた。

「ねえ、何でセイはリボンで髪をくくってるの?」

 セイはこっちを向いて、

「ヘンか?」

「ううん、そういう意味じゃないけど……。何でかなって思って」

 すると、セイは遠くの方を見るような顔になった、

「ずっと前に、もらったんだ」

「女の子に?」

「ああ」

「へぇー、だから今もつけてると。この色男」

 からかうと、セイはそっぽを向いて、

「別に、そんなんじゃねぇよ」

 と否定した。

「ふーん……」

 それっきり、ぼくらは黙ってまた空を見ていた。



 空が、だんだん橙色に染まっていく。

 セイが立ち上がっていった。

「そろそろ帰るか」

「うん」

 でも正直言って、またあのルートを戻るのは嫌なんだよなぁ。ま、しょうがないけど。

 ぼくはセイのあとをついて行った。

 結局、帰って来たのは五時ごろだった。まあ、色々寄り道したからね。

 学校の前まで来ると、ぼくは言った。

「じゃあね。今日はすごく楽しかった」

「ああ、オレも」

「家、どっち?」

 セイはぼくの家とは反対方向を指差して、

「あっち。じゃ、また明日な」

「……うん!」

 明日もセイに会える。それがとても嬉しい。これが……〝トモダチ〟なのかな。

 五十メートルほど歩いて振り返ってみると、もうセイはいなかった。けど、明日セイと一緒にすることを考えると、胸がワクワクしてくる。

 ぼくは鼻歌を歌いながら、家に向かった。



次の日からぼくは、毎日と言っていいほど授業(っていうか学校)をサボり、セイと遊んだ。

 セイはいつも校舎の裏で待っててくれて、ぼくを色んな所へ連れて行ってくれた。

 でも、それが一週間も続くとさすがに親や先生にバレて、母さんと一緒に相談室に呼び出された。

 担任の女の先生に、

「どうして学校に来たくないの?」

 って訊かれた時に、

「友達がいないからです」

 と、胸を張って答えた。

「友達のいない教室なんて、全然楽しくないから行きたくないんです」

 とも言った。まあ、セイと遊びたいしね。

 先生は、普段おとなしいぼくの反応に少し驚いた様子で言った。

「でも、勉強はどうするの?」

 うっ、痛いところを突いてきた。ぼくの中では『学校に行かない=勉強しなくていい』なんだけどな。んー、どうしよう。

 ①勉強は一切しない。

 ②やっぱり授業に出る。

 ③家で親に教えてもらう。

 ①はマズい。ヘタしたら『もう一回六年生』なんてことになりかねない。②も却下だ。 

 ってことは、残りの③しかない。

「……家で勉強するよ。いいよね?」

 精いっぱいおねだりの表情をして、母さんを見る。

「うーん……。ちゃんとやるのよ?」

 母さんはぼくの気持ちを分かってくれたみたいだ。よかった。

 先生はちょっと渋い顔をして、

「じゃあ、保護者の方にしっかりみてもらうのよ」

「はい」

 ぼくは素直に返事をした。

「……友達、本当に一人もいないの?」

 先生が訊く。

 ぼくは左目をつぶり、いたずらっぽく笑う。

「実は、一人だけいるんです」

 呆然としてる母さんと先生をおいて、スキップで相談室を出た。

 校舎の裏では、いつもみたいにセイが待っていてくれた。

「ごめんごめん。ちょっと相談室に呼ばれちゃって」

「へえ。で、どうだった?」

「家で勉強するって言って逃げた」

 セイは笑って、

「そりゃいいや。じゃ、行こうぜ」

「うん。今日はどこ?」

「今日はな……」

 こうして、ぼくはとっても楽しい毎日を過ごした。



 夏になった。

 夏休みに入って(終業式には出席した)すぐ、ぼくは家族とおばあちゃんの家に行ったから、三、四日セイには会わなかった。

 けど、帰ってきてから会ってビックリした。

 なんと、ピンクっぽかった髪の毛が、濃い緑色になっていたのだ!

「え、セイ、その頭どうしたの?」

 セイはにやっと笑って、

「いいだろう」

「うん……。染めたの?」

「まあな」

 この後、ぼく達は市民プールに行った。

 緑髪と緑眼の二人組はやたらと目立つ。すれ違う人達はみんなぼくらの方を見るし、ぼくらが泳ぐとみんな一瞬止まって振り返る。

 ちなみに、セイは泳ぎが苦手なようだ。水は好きって言ってたけど、クロールとかはだめみたいだ。まあ、ぼくも泳ぎは得意じゃないけどさ。

 別の日には、近所のお祭りに行ったり花火を見たりした。セイは『祭りは初めてだ』って言ってたっけ。

 何だかんだで楽しい夏も、紅葉が色づく秋に変わり、セイも変わった。

 また髪を染めたのだ。今度は茜色に。

「また染めたの?」 

 と訊くと、

「まあな。結構カッコいいだろ?」

 そう言って笑った。

 人んちの柿を取って怒られたりもしたし、ケンカもしょっちゅうした。まあ、ぼくがすぐに謝って仲直りしたけどね。

 そして、寒い寒い冬がやってきた。

 いいかげん慣れたけど、セイは今度は焦げ茶色に髪を染めていた。ってことで、セイがやっとまともな外見になったので、ぼくの家に呼んだ。

 こたつに入ってみかんを食べたり、雪合戦もやった(ちなみに、冬休みの宿題はちゃんとやったよ!)。 

 何にもやることがない日でも、セイといれば楽しかった。

 ずっと、セイと一緒にいたい。

 でも……。 

 そんなに、うまくはいかないみたいだ。



 三月のある日。ぼくは父さんの部屋に呼ばれた。

「何? 父さん」

 父さんは言いにくそうにしながらも、口を開いた。

「実はな…………」

 一瞬、ぼくの思考がストップした。

「え………?」

 驚いた後、とても悲しくなった。

 セイには、黙ってようと思った。



 でも、春休みになる直前、セイに訊かれた。

「リク、最近あんま楽しそうじゃないよな。どうかしたのか?」

「うん……」

 涙が、一粒こぼれた。

「……ぼく、転校するんだ。とっても、遠いところに……」

「マジか?」

「うん。……せ、セイぃ~、ぼく、さみしいよ……」

 ついにぼくは泣いてしまった。もう止まらない。

「な、泣くなよ」

 セイは困ったように言って、ぼくの頭をわしゃわしゃとなでた。

「別に明日引っ越すわけじゃないんだろ? だったら、それまで遊びまくればいいじゃん。な?」

「……う、うん」

 セイの手はあったかくて、ぼくはその手をぎゅっと握った。



 その日からぼく達は、今まで二人で行った所を回って、色んなことを話した。『お祭り楽しかったね』、『ケンカしたよな』……。そのたびに、ぼくは泣きそうになる。けど、ぐっとこらえた。

 春休み最後の日。

 再びピンクの髪になったセイと、ぼく達が最初に来た丘へ行った。

 あの日のように寝転んで今までのことを話していると、ふいにセイが起き上がって言った。

「リク、これ……」

 差し出したのは、黒いリボンがついている桜のしおり。

「え……いいの?」

 セイは笑った。とてもまぶしい笑顔だった。


「オレ達、〝トモダチ〟だろ?」


 その言葉で、ぼくの目にたまっていた涙があふれ出した。

「……っ、ありがとう、セイ……!」

 セイが照れくさそうに笑う。ぼくもつられて笑った。

 濃いスカイブルーを、背にして。



 それからぼくらは、握手をしながら、

「じゃあね」

「またな」

 いつものように、笑って別れた。

 その日、ぼくは飛行機に乗った。



 中学二年生になった。

 新しい友達もでき、楽しく過ごしている。

 でもたまに、『セイがいたらなぁ』なんて少しだけ思う。そんな時は、しおりを眺めてセイとの思い出にひたる。



 さらに、十年がたった。

 約束通り、右目をカラーコンタクトにしてもらった僕は、未だにあのしおりを持っている。

 そして、桜の季節になると思い出す。

 小学校の時に出会った、季節ごとに髪の色を変える少年のことを。

 すべては、桜の下で見た夢から始まったのだと。

 ふと、僕は本当のセイに気づき、

「……元気にしてるかなぁ」

 思わずつぶやき、微笑んだ。 



―終―


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