第一幕:貧困貴族
やあ、君。
今回の物語は、ファウストが天に召された後の話だ。
彼の壊れた魂は、
次の誰かに受け継がれた。
もしかして、君の時代にも彼の魂を持つ者がいるかもしれない。
ボクが誰かって?
語り部ファウストさ。
ヨハン・ゲオルク・ファウスト。
君と共に物語を見つめる者であり、
君の友だ。
今度のファウストの魂を引き継ぐ者がわかった。17世紀初頭のスペイン。1610年頃ーーハプスブルク朝時代のラ・マンチャ地方のとある村で、彼は生まれた。
名をアロンソ・F・キハーノといった。
Fとはファウストだ。
この秘密の名はボクらだけが、
知っているーー。
ボクたちは彼を、アロンソと呼ぼう。
でもーーそれよりもっと有名な名前がアロンソにはある。
人は後に彼をこう名付けたーー
狂気の騎士ドンキホーテーーとね。
さて、アロンソはスペインの下級貴族だ。ヒダルゴと呼ばれる連中だ。
彼らは貴族なんだけど、血筋とは関係なしに、武力ーーつまり騎士のような剣と盾の力で国に貢献してた。
でも、戦う機会がなくなると、その生活は貧しくなった。
生きているだけで日々、貧しくなっていった。
最大の原因としては、スペインのもう一方の貴族ーーグランデスと呼ばれる上級の貴族たちの存在だった。
彼らはスペイン王族に、絶対の信頼を寄せられてた。
スペイン王国が黄金期の時代ーーつまりサービスタイムに、ちゃっかりと王国の植民地からの富の誘導、自分たちの領地を拡大していった。
君は不思議に思うだろう。
スペイン王国の黄金期が終わって、
王族には分け与えられる領地なんてない。なのに、グランデスが領地をどうやって、手に入れる事ができたのかってね。ーー答えは簡単だ。持っているヤツから取り上げればいい。
グランデスはヒダルゴから、領地を奪った。貧困を利用して、ヒダルゴの行動を操作し、彼らの持っていた領地を手に入れた。具体的なやり方の一つが、グランデスは金を貸したんだ。ヒダルゴにね。王族の力の喪失は、ヒダルゴたちにとっては致命的だ。
無職と大して変わらない。
だから、借りた金は返せない。
破滅を遅らせただけの、ブザマな延命だった。
本来なら国から生活を保障されても良かった。
だけど、国は弱っていく。余裕がない。
この国の中の賢い悪魔たちのせいでーー弱体化は一気に加速していった。
ヒダルゴには昔話みたいに、騎士の力を示す機会も、倫理も、満足できる報酬も何もなかった。
貴族は、どこの国でも体面を気にする、変な稼ぎ方ができない。
スマートなお金稼ぎをやらなきゃいけない。でもーー剣と盾じゃやる事は限られていて、絶対に稼げない。
時代への抵抗は無意味だった。
こんな中でアロンソは生まれたんだ。
何年も、何十年も、ヒダルゴとしての絶望的な環境下で生きなきゃならない。貧困により、剣も盾も鎧さえも失う。売っぱらって腹の足し。
アロンソは戦が欲しかった。
自分が生きて盛り返す、
または華々しく死ねる場所が欲しかった。だけど、この思いはヒダルゴにしかわからない。
彼の周りにいる人たちは、ヒダルゴではない。平民だったーー。
このままでは頭がどうにかなる。
だから彼は別のことに、夢中になる必要があった。
ーーそれが騎士の本だった。
色んな騎士に関する物語を集めた。
どんなに空腹でも、食事を切りつめて貪り読んだ。自分だけのスペースに、騎士の本を詰め込んで、図書館代わりにした。彼の逃げ場所だ。字も満足に扱えない平民たちには、不要なものだったーーだから、いつも燃やされそうな危険があった。
彼が50歳ぐらいになった時ーー痩せた背の高い中年男性が、そこにいた。
身体は骸骨のようにやせ細ってた。
灰色の髪と髭を持ち、顔は痩せたせいで一層長く、だけど目だけは鋭く輝いていた。まるでみすぼらしさから、自分を守るかのように。
彼の現実は、ある時、ポキって折れた。もしかして夜中だったかもしれない。読書中だったかもーー。
彼はボロボロの安楽椅子から立ち上がって宣言した。
「ああ!天よ!我が生き方を見届けたまえ!この孤独な男は騎士となり、正義を貫きますーー!
ああ!天よ!あなたの1人の騎士として、この世の中に戦いを!私のための戦いを、見つけに行こう思いますーー」
この叫びは、近くのお手伝いやら、姪とかも聞いて不安になった。
彼女らは、力づくでも本を燃やせば良かったと後悔した。
(こうして、第一幕は騎士により幕を閉じる。)




