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花狼邸懺悔録  作者: 花狼める/成優
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第十一夜「赦せない灯」第二部 赦しの模倣

赦しの言葉は、誰の所有物でもない。

だが、誰かがそれを“信じすぎた”とき――

祈りは形を変え、

神と人の区別を失う。


静寂が息をした。

蝋燭の炎が一斉にうねり、影が壁を這い出す。

邸の空気が、ぬるい水のように流れはじめる。


祈祷師の足音が床を叩くたび、木目が微かに震えた。

その振動が、めるの胸の奥まで届く。

耳の奥が疼き、尾が勝手に逆立つ。


「……あなたの声が、どこまでも響くのです。」

男は微笑んでいた。

その笑みには、涙よりも深い痛みが滲んでいた。

けれど、それは悲しみではなかった。

陶酔――救いに溺れる者の顔。


「わたしは悟ったのです。」

祈祷師は両手を広げた。

「主は沈黙したのではない。

 あなたの声の中に、宿っておられる。」


「違います。」

めるは立ち上がった。

声が震える。

「わたくしは主ではありません。

 灯を視る者にすぎません。」


「それこそ、神の証!」

男が一歩、近づく。

床板がきしみ、蝋燭の火が延びた。

「人の灯を視て、赦しを与える。

 それが人を生かす。

 あなたこそ、わたしの祈りが形になった方だ。」


黒金の眼が、まっすぐにめるを射抜いた。

その熱が、肌を焼く。

見開かれた瞳に映っているのは――

めるではなく、信仰の偶像だった。


──


祈祷師は懐から小さな十字架を取り出した。

それはもう、金ではなかった。

焼け焦げ、歪んだ鉄。

手のひらで握られるたび、皮膚に黒い痕がつく。


「この十字の前で、わたしは再び祈りましょう。

 あなたの名を――灯の主、花狼める。」


「……その名を、呼ばないでください。」


声が掠れた。

それでも、男は止まらない。


「あなたの言葉を繰り返すたび、救われぬ者が救われる。

 だから今夜、すべての魂をこの邸へ招きます。」


邸が、呻いた。

窓の外の青薔薇が、いっせいに頭を垂れ、茎が軋む。

空気の密度が変わる。

めるの指先が、痛みで痺れた。


「……呼んではいけません。」

「あなたの声があれば、彼らは還るのです。」


黒金の光が、祈祷師の喉から溢れた。

それは声ではなく、熱だった。

熱が空間を舐めるたび、壁の中から微かな囁きが滲む。


(赦して……)

(見てください……)

(救ってください……)


声の波。

めるの耳が、千の囁きを拾う。

その一つひとつが、死者の息づかい。


祈祷師の足元に、影が増えていく。

人影が輪を描き、黒金の灯が花のように咲く。


「彼らはあなたを求めています!」

男が叫んだ。

「わたしが導きます。あなたの代わりに!」


「やめなさい!」

めるの声が弾けた。

だが、その声も祈りのように空へ吸い込まれる。


邸が震える。

天井から灰が降り、蝋燭の火が歪んだ螺旋を描く。


「救われぬ者など、いない――!」

祈祷師が叫ぶ。

そして、全ての影が一斉に立ち上がった。


壁、天井、床。

あらゆる場所から、光が逆流する。

灯の流れがめるを中心に渦を巻いた。


──


めるの胸が裂けるように痛んだ。

心臓ではない。

灯を視る器官。

その奥で、何かが暴れている。


「……やめて……」

かすれた声。

けれど、誰も聞かない。


邸が嗤っている。

床下の影が脈動し、指先から灯を吸い取る。

熱が冷たく変わる。


祈祷師が近づく。

「これが救いです。

 あなたの言葉を私が広める。

 それで、世界が癒える。」


「それは……違う……!」


めるは一歩、退いた。

背後の壁が柔らかく波打つ。

そこに、自分の影が溶け込んでいくのが見えた。


「あなたは……救われたいのではなく……支配したいだけです。」


「支配? 違います。」

祈祷師は微笑んだ。

「愛です。赦しとは、愛でしょう?」


めるは言葉を失った。

それでも、心の奥で何かが芽生える。

今まで知らなかった感情。


(赦せない)


その思いが、胸の奥で静かに燃え上がった。

火のようでもあり、痛みのようでもあり。

それは、灯の形をした怒りだった。

三部へ続きます。

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