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氷姫の契約婚 虐げられた令嬢は炎の腕に抱かれる  作者: ななみ沙和


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思惑2

 運ばれた朝食を食べたあと、澪たちは着替えることにした。

 同じ部屋に衝立を立てて着替える。


「まったく、どうしてこんな騒動を起こすんですか?」


 愚痴をこぼしながら煌貴の着替えの手伝いをするのは、あの従者である。

 煌貴の上着のボタンをはめてやりながら、彼は澪の進捗を気にしたようにちらりと見る。


「わたしは大丈夫です」


 すばやく背を向け、長襦袢の上に小袖を重ねて帯を結ぶ。

 小袖は流水紋で帯は藍色地に銀糸でとんぼが刺繍されたものだった。帯留めは銀の花に真珠を嵌めた、細やかな細工もの。

 想像よりきちんとした着物を寄越され、澪は面食らっていた。


「乗り込んだ家の娘をかっさらって結婚だなんて、聞いたことがありませんよ」

白燕はくえん。俺はかっさらってないぞ。ちゃんと意思は確認した」


 従者の名はどうやら白燕というらしい。興味深く聞いていると、白燕は尖った声音で意見する。


「あの状況で確認したって、無理やり感はぬぐえないでしょうが!!」


 従者は煌貴の着替えを済ませてから、浴衣を畳んでいる。


「おかげで玄安家は混乱の渦中に陥っているじゃないか。付け入る隙が生まれるぞ」


 煌貴はうれしそうに続ける。


「白燕。考えてもみろ。あいつらに穏やかでまっとうなやり方が通じるか? そんなことをしたって、澪を解放しないし、俺の調査も進まないだろう。あいつらに効果があるのは、鼻っ柱をへし折って、焦らせることだよ」


 煌貴の自説を聞き、白燕は嫌そうな顔をする。


「面倒を招く予感しかしませんけど」

「その面倒から解決の糸口が摑めるはずだ。絶対におもしろくなるぞ」


 煌貴の含み笑いを聞きながら、すっかり着替え終わった澪は小首を傾げた。


「そもそも、煌貴さまは、何をしに玄安の地へとお越しになられたのですか?」


 澪が質問すると、煌貴と白燕は同時に見てきた。


「北の結界が甘いと帝が心配をされているんですよ」


 白燕がため息まじりに答えれば、煌貴も腕を組んでうなずく。


「護国四家の結界が乱れれば、帝都にも妖魔があらわれる。ここ最近、出現率が上がっている異常事態だ」


 彼らの説明を聞き、澪は得心した。

 おそらく調べる必要があるのだ。玄安家がこの地をしっかりと守っているかどうか。


「澪、おまえは気づかないか? 異変に」

「異変ですか?」


 髪をうなじでまとめて紐で結び、澪は煌貴を見つめる。

 澪はずっと小屋にいて、基本は外に出ないようにしていた。

 だから、異変と言われても、よくわからない。


「わたしには、わかりません。ただ……」

「ただ?」


 思いついたことを素直に口にする。


「……北嶺の山中に氷姫の廟がございます。そこに行ってみてはいかがでしょう」


 廟は結界の守りの要なのだとかつて聞いたことがある。

 ならば、そこに何かしらの手がかりがあるかもしれない。


「わかった。あとで行こう。当主たちと会ってからな」


 すっかり準備ができあがったのを見計らったように、下男がひとりやってきた。


「ご案内いたします」

「よろしく頼む」


 煌貴は笑っていた。

 それを見ながら澪は度肝を抜かれていた。

――変な方だわ。

 今から流たちに会う。好意的な反応をされることは、まずない。

 それなのに楽しそうだ。なんらかの遊戯に挑むような顔つきをしている。

――常識はずれの方なのね。

そもそも、澪を妻にして牢から出すなんて、ふつうの人間は考えないだろうから。

 澪は煌貴の後ろについて座敷に向かう。

 座敷に通されると、正面には流と銀子、少し離れて涼が座っていた。

 流は渋い顔をし、銀子は険しいまなざしを澪に向けてくる。涼は穏やかに微笑んでいた。

 煌貴は座布団にあぐらをくんで座る。

 澪は彼と並んで座ったが、膝に視線を落とした。とても正面にいるふたりと顔を合わせることができない。


「……ずいぶんな騒動だったな」


 流が口火を切ると、銀子が間髪入れずに叫んだ。


「どうか澪を罰してくださいませ! この娘は、牢から忍び出て、朱夏の当主の寝所に潜り込んだんですよ! とんでもない恥知らずだわ!」


 澪は直接ぶたれたように肩をすくめた。

 確かに恥さらしなのだから、責められても仕方がない。


「忍び出られるわけがないのは、ご当主もおわかりになられるのでは。水牢にあんなふうに閉じ込め、どうして外に出られるというのか。澪を助けたのは俺です。澪に求婚し、強引に抱いたのも俺です。責めるなら、俺のほうにするべきでは」


 煌貴の発言に、澪は思わず彼の横顔を見つめた。

 彼は澪をかばってくれているのだ。

 流が渋い茶を飲んだような顔をして言う。


「あなたには氷姫との婚姻を進めたはずだが」

「ええ、聞きました。しかし、承諾はしていませんよ」

「な、なん……」


 銀子は目を白黒させている。

 あまりの暴言ぶりに面食らっているのだろう。


「俺はすでに澪と結婚すると誓いを立てましたし、夫婦になった。澪はすなわち朱夏家の一員です。澪をどうするのかは、朱夏家の当主である俺が決めます」

「そんなこと許されるはずがないでしょう!」


 銀子が大喝する。


「どうか言ってくださいませ、許すことはできないと」


 銀子は流の腕にすがりついて訴える。


「涼の体面は傷つけられたんですよ!?」

「体面など傷つけてはおりませんよ。俺は氷姫と結婚すると約束したわけではないのだから」

「朱夏家の当主は黙っていてくださる!? よりにもよって、澪を選ぶなんて!」


 澪は唇を噛んでうつむいた。

 玄安家は澪の敵なのだと思い知らされる。


「朱夏の当主よ。本気なのだな?」


 流の確認に、煌貴はうなずく。


「もちろん」

「お待ちくださいな」


 軽やかに制止してきたのは、涼である。


「このまま結婚を許すのでは、玄安家の名折れ。結婚を認めてほしいなら、おふたりには玄安家のために働いていただかなくては」

「涼!?」


 銀子が面食らったように叫ぶ。

 対して、涼は凍りつきそうな視線で一瞥する。

 怯む銀子を確認してから、涼は言う。


「今、玄安の地に妖魔があらわれているのは確かです。それは否定いたしません」


 涼はしんみりと言い、流と銀子は顔色を変える。


「氷姫!?」

「不甲斐ないとは思っております。ですから、力を貸していただきたいのです。おふたりの力を」


 肩を落とす涼は神妙な表情だ。澪は当惑して煌貴に視線を投げる。

――わたしになんの力もないと知っているはずなのに。

 それなのに、力を貸してほしいとはどういう了見なのだろう。


「そちらがそのつもりなら、むろん手を貸すつもりだ」


 煌貴は平静そのものの顔である。ふてぶてしいとさえいえる態度だ。


「さすがは朱夏のご当主さま。頼りになりますわ」


 涼は小さく手を叩く。

 その音が白々しく聞こえ、場の空気は困惑が深まるばかりだ。


「こ、氷姫さま、ふたりを自由にさせるわけには――」

「いいでしょう、お父さま、お母さま。朱夏のご当主たちが面倒ごとを解決してくださるというのだもの。おまかせするべきだわ」


 涼はにこやかに言う。

 本気か冗談かわからないが、煌貴はにやっと笑ってからうなずいた。


「わかった。引き受けよう」

「では、さっそくお願いしますわね。妖魔が出るのは、北嶺の氷姫の廟の近辺です。原因が判明したならば、わたくしも妖魔封じのお手伝いをいたします」


 涼の発言に、銀子は身を乗り出した。


「氷姫さま。この者たちは、氷姫さまをないがしろにした者たちです。それに助力をしてやるなどと」

「わたくしたちが守るべきものは、扶桑国の人々の安寧と平穏。そのためには、どんなものだって利用するべきでしょう。たとえ、朱夏のご当主や姉妹でさえも」


 涼は澄ました顔をしている。

 澪はじわじわと罪悪感に苛まれつつあった。

――わたしは、なんの力もないのに、煌貴さまに助けていただいた。

 本来ならば、煌貴の横には涼が並ぶべきだったのだろう。それを澪が奪ってしまったのだ。

――わたしだって、妖魔を封じるために力を尽くさなければ。

 澪の織った水衣が煌貴の役に立つというならば、それを使えないだろうか。

 考えを巡らせながら、煌貴を見つめる。

 彼は挑むように涼たちを見渡した。


「では、これで話はまとまった。俺と澪は調査に向かい、妖魔がいれば封じる。それでいいな」


 挑発めいた宣言を聞き、流は露骨に顔をしかめ、銀子は怒りのためか上気している。

 涼だけが凪いでいた。陽だまりのような微笑を浮かべて言う。


「頼もしいわ。ともかく、どうか気をつけてくださいましね」


 煌貴は重々しくうなずいている。

 澪は己を力づけるべく膝の上の手を握りしめた。


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