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氷姫の契約婚 虐げられた令嬢は炎の腕に抱かれる  作者: ななみ沙和


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5/16

過去

 それは十二歳の冬至の日だった。

 澪は氷姫としての禊をするために北嶺に向かった。

 北嶺には玄安の地を守る氷姫の廟があり、近くには冬でも凍らぬ滝があった。

 廟から続く石敷きの階段を降り、澪は滝のそばに寄った。

 滝が落ちてくる崖ははるかに高く、先端からは水が勢いよく落ちてくる。

 雪がちらつく中、白いあぶくが立つ川に入った。

 身体の芯まで凍りつきそうな冷たさに、澪は歯の根も合わぬほど震える。

 それを堪えて川を進んでいるとき、水が盛り上がって妖魔に変じた。

 澪の背丈よりも脚長の妖魔だった。人間の姿をしているが、焦点の合わない目をひっきりなしに動かしている。

 恐怖に凍りついた澪に、集った人が口々に言う。


『氷姫、お守りください!』

『我らをお助けください!』


 澪は心臓を掌で押さえ、己に宿る力を集めようとした。

 妖魔を捕縛する氷の網を生みだそうとした。

 できるはずだった。澪はかつて妖魔を捕えたことがあったから。

 けれど、氷の網は生まれなかった。

 糸の片鱗すらあらわれる気配がない。

 妖魔は眼球をぎょろぎょろと動かしながら、澪の横っ面をはたいた。

 澪は水の中に倒れ、混乱の極致に陥る。

 空気を求めて頭を出そうとしたが、妖魔は澪の胸のまんなかを無造作に踏んづけた。

 溺れ死ぬと思ったとき、妖魔の脚から力が抜けた。

 もがきながら顔を出し、呼吸をして必死に肺に空気を入れる。

 目の前には、氷の網にとらわれ、水の中に倒れた妖魔がいる。

 岸に立ち、その網の先端を握っているのは涼だった。

 涼は冷ややかに微笑み、澪を見つめている。

 流は顔をしかめ、銀子は唇を歪めて笑う。

 周囲の澪を見る目にも、侮蔑が浮かんでいる。

 澪はそのとき悟ったのだ。自分は氷姫ではなく、ただの役立たずだということを。

 あの日以来、ずっと心が痛い。無数の針に刺されたように、千々に裂かれたように。

 どうやってその心を癒していいのか、五年経ってもわからないままだった。


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