機織りの娘2
玄安家に招き入れられ、澪が通されたのは、裏庭であった。
裏庭には低木が植えられているが、間に生えた芙蓉の木は遅咲きの花をつけている。
澪が屋敷側を向いて地面に平服していると、縁側に女があらわれた。
澪はわずかばかり顔を上げる。
「ようやく織りあげたの? 遅いわね」
四十を超えた女は長身だった。白地に青で吉祥雲が染め出された小紋を着て、黒の昼夜帯を締めている。銀の髪を結って鼈甲の笄を差し、指には大粒の真珠の指輪を嵌めた、奥さまらしい装いだ。頬がこけた女は、癇性の強さをあらわすように眦を吊り上げて澪を罵った。
「玄安家の恥さらし。お情けで生きているくせに、さっさと布を織ることもできやしない」
澪の父の後妻にあたる銀子は、白楊家から嫁いできた。
白楊家は護国四家に数えられる名家であり、扶桑国の西方を守っている。
「お母さま。そんな言い方はよしてくださいな。お姉さまがかわいそう」
縁側の奥の座敷から、鈴を振るような声が聞こえる。
澪はいっそう身を縮めた。
「氷姫さま。甘やかしてはいけません」
銀子は猫なで声で言う。
「甘やかしてなんかいません。ただ、慈悲をかけてさしあげなきゃと言っているんです。お姉さまは氷姫のなりそこない。そこらの野良猫よりも哀れな存在ですもの」
衣擦れの音をさせながら縁側に姿をあらわしたのは、十六の少女である。
栗鼠のように大きな目をした美少女は、銀子と同じ銀色の髪をマガレイトに結い、水色のリボンで飾っている。
白地に流水紋の小紋を着て、青紫の帯を締めている。帯留めにはサファイアが使われ、清らかで華やかな格好だ。
彼女の名は玄安涼。当代の氷姫である。
そして、澪の異母妹であった。
「涼ったら――」
親しげに娘を呼んだ銀子を涼は冷たくにらむ。
「わたくしのことは氷姫とお呼びなさい」
「も、申し訳ございません」
銀子は深々と頭を下げた。
玄安家における氷姫とそれ以外の者の扱いには雲泥の差がある。氷姫こそが至高の存在で、それ以外は母といえどもへりくだるしかない。氷姫と対等でいられるのは、玄安家の当主のみである。
「お母さまが偉そうにしていられるのは、わたくしのおかげ。なれなれしく名を呼ばないで」
「……わかりました」
銀子は屈辱を噛みしめた顔をしている。
涼は澪に微笑みを向ける。
「それで、水衣はできたの?」
「は、はい」
澪は膝に置いていた風呂敷を、寄ってきた銀子の侍女に手渡す。銀子の侍女は縁側に風呂敷を置くと、結び目をほどいて見せた。
中からあらわれたのは、湧き水のように清潔感のある布である。
「……なかなかいいわね」
銀子は鼻を鳴らし、涼は黙って布を見つめる。
「いかがでしょう、氷姫さま」
銀子が腰を低くして問いかけると、涼はうなずいた。
「悪くはないわね」
「氷姫さまのお言葉よ。感謝なさい!」
銀子の言葉を聞き、澪は地面に置いた手に額をつけて礼をする。
「……ありがとうございます」
「厨にお行き。今日の分の食料がある」
みじめだと思いながらも、澪は安堵する。
――これで米と干し魚をもらえる。
小屋の米はほとんど尽きかけていた。今日もらえなければ、山野の草を混ぜて食べねばならないと覚悟していたくらいだ。
ほっとしたのも束の間、足音が複数響いた。続いて、うろたえたような報告をはじめる。
「銀子さま、朱夏家の方がお越しになられました」
「何をあわてているの。朱夏の者なら打ち合わせをしたとおり、座敷に通しなさい」
「は、はい」
おそるおそる頭を上げると、銀子は怒りをこらえるように眉を寄せている。
――朱夏家の方。誰だろう。
朱夏家は、護国四家の一家であり、南を守護する役目を担っている。
当主は灼刀と呼ばれる刀を持ち、あらゆる妖魔を斬り伏せるのだという。
「おまえは何を見ているの。目障りだから、さっさと出てお行き!」
銀子から叱責され、澪はすばやく立ち上がった。
裾をさっと整えてから頭を下げる。
「失礼します」
「お待ち」
身をひるがえしかけた澪を呼び止め、銀子はにやりと笑う。
「今回は並のできだったから、米はこの間より減らさざるを得ないわ。次にもっといい布を織ってきなさい」
澪は足を止めた。失望が喉を締め上げる。
――また減らされたら……。
ただでさえ一食の分量を減らしてなんとか間に合わせている状態だ。
それが悪化するのだと想像するだけで、空腹を覚えかけた。
「恨むなら自分を恨むのね。氷姫になれなかった、落ちこぼれ」
銀子の侮蔑を聞いた下男や侍女たちもあざ笑っている。
澪は唇を噛んで、頭を下げた。
――早く帰ろう。
そして、一刻も早く次の水衣を縫うのだ。
忙しくしていなくては、とてもこの現実に耐えられそうもない。
澪は急いで厨へと向かった。袋に入った米は軽く、籠の中の野菜や干し魚は以前よりも減っている。
失望を覚えつつ、荷を手に厨から出ようとしたとき、悲痛な叫び声が空気を裂いた。
澪はその場に米を置き、悲鳴が聞こえるほうへ向かう。
声は屋敷の外にいる者が発しているようだった。




