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氷姫の契約婚 虐げられた令嬢は炎の腕に抱かれる  作者: ななみ沙和


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北嶺1

 翌日、食料や着替えを持って澪と煌貴は北嶺へ向かった。

 北嶺は玄安の地の北側に、まるで屏風のように連なる山脈である。

 山々の葉は黄や赤に変じつつあり、色違いの葉がまだら模様を描いている。

 澪は煌貴に頼まれ、まずは暮らしていた小屋に案内した。

 小屋には昼過ぎに到着する。


「どうぞ」


 扉を開ければ、織機ばかりが存在感を発揮する空間があった。

 玄関を入れば土間があり、土間は建物の側面にある台所まで続いている。

 居間兼寝室の部屋は板張りで、部屋の壁際には織機があった。

 足踏み式の織機は大型で、場所をとっている。白燕を入れて三人で雑魚寝でもしたら、窮屈で身動きがとれなくなるだろう。

 

「ここを使っていいのか?」

「かまいません。ただ、とても狭いところですけれど」


 澪は苦笑して答えた。


「かまわない。俺もこういうところに住んでいたから」

「煌貴さまが、ですか?」

「煌貴でいい。俺は朱夏家の先代の息子だが、妓女の子だからな。朱夏の屋敷は当主になってから入ったんだ。それまでは、ずっとこんなところに住んでいた」

「そうですか」


 煌貴は複雑な事情を抱えているようだ。

 おそらくは苦労したのだろうと推察しつつ、澪は薄っぺらい座布団を用意する。

 煌貴は腰を下ろしたが、白燕は荷を置いてから土間に下り、竈に火をつけだした。


「それはわたしが――」

「奥さまはおくつろぎください。湯を沸かすだけですから」

「澪、白燕にまかせていい。やり慣れていることだ」

「そうそう。煌貴さまのお世話の一環です。お休みいただいてかまいませんから」


 白燕に言われ、澪は煌貴のそばに遠慮がちに座る。

 何もしないのは、かえって落ち着かないが、白燕にまかせるしかない。

 湯が沸いたあと、白燕はお茶を淹れてから湯のみをふたりの前に置いた。

 厚手の湯のみを手にし、息を吹きかけて茶を冷ます。


「煌貴さ……は、朱夏のお屋敷の外でお育ちになられたのですか?」

「ああ。朱夏の人間は、先代も含めて誰も俺を引き取ろうとはしなかったから」

「では、その……なぜご当主に?」


 澪の疑問に彼は苦笑を浮かべつつ答えた。


「灼刀を手に入れたからだ」

「灼刀というのは、煌貴が持っている刀ですか?」

「そうだ。あれを我が身に宿せる奴こそが朱夏の当主になれる」


 煌貴は熱々の茶を飲みながら言う。


「どうやって宿すのですか?」


 茶が熱くて澪はなかなか飲むことができない。平然と飲んでいる煌貴が不思議でたまらない。


「力の衰えた当主は刀を体内にしまえなくなる。そうなったら、灼刀は朱夏の家廟に収められるんだ。夏至祭で灼刀は打ち直され、生まれ変わった灼刀を手中に収めた人間が次の当主として認められる」


 澪は煌貴の話を聞きながら悄然と頭を垂れた。

――すごいわ。

 玄安家が冬至の日に氷姫を決めるように、朱夏家は夏至の日に当主を決める。

 澪は失敗したのに、煌貴は成功したのだ。

 自分が心底情けなくなる。そして、煌貴は正反対だと思い知らされる。

――わたしは隣にいていい人間ではない。

 つくづく痛感する。

――だけど、煌貴は言ってくれた。

 澪が織った水衣が役に立ったのだと。

 それを思い出して、勇気を奮い起こす。

――わたしだって役に立たなければ。

 澪は茶を何回かに分けて飲んでから、立ちあがった。


「澪?」

「うるさいですけれど、布を織ってもよろしいでしょうか?」


 澪の確認に、煌貴は戸惑いつつうなずく。


「かまわないが」

「明日、妖魔の探索に参ります。そのときのために、水衣を用意しておきたいんです」


 むろん、一日では織れる長さに限界がある。衣に仕立てられるほどは織れないだろう。

 けれど、肩を覆うくらいの長さならば織れるはずだ。


「……わたしには、それしかできませんから」


 澪は悲痛な思いで告げる。

 できることなんか、そう多くない。

 だけど、何もしないわけにはいかないと切実に思う。


「わかった」


 戸惑ったような煌貴の返事を聞き、澪は織機に向かう。

 いつものように糸を織機に吊るし、吊るし終わったら布を織る。

 布を織りだせば、あとは集中するだけで、そうなったら無我夢中で織機の操作ができる。

 織機を操る音は、夜まで響いた。


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