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出発

「お、まーたラブレターか」

小籠を胸に抱えて廊下を歩いていたリナからひょいと一通を取り上げた。ド派手な薔薇柄。強い香水。趣味の悪いやつだ。その場で封を開ける。

「なになに、日頃より貴女の御人柄に接し、その温雅なる気質、慎ましき言の葉、また折に触れて垣間見ゆる聡明なる御眼差し、いづれも筆に尽くし難き魅力として我が心を捉へたり。願はくは、君に我が終生の伴侶を申し込みたし。いかなる御返答にても真摯に受け止めたく、お返事お待ちしています。アンドレオ・セルジョ・サルーミ男爵。なんでえ、肉屋の坊主じゃねえか。手紙屋に書いてもらったんだな。」

手紙屋も最後は面倒になったのか文調や字体も適当に流している。リナも何度か買い出しに付いて行って顔は知っているという程度だ。(なぜなら、リナを連れて行くとぽーっとなってあれやこれや頼んでもいないものまで詰め込んで大変男前の価格で売ってくれるので。)

「で、どうすんだ?」

「?」

「結婚してやるのか?」

いつもの冗談をリナは笑って受け流す。

「私はお前のものだ。肉屋をやるわけにはいかない。」

ま、そうだなと言ってレオはぽんと手紙を返す。小籠の中は数枚の手紙の他に、丸く膨らんだパンやクッキーが行儀よく納まっていた。これからいつものお茶会らしい。

「けど、お前もちゃんと考えろよ」

何を?ときょとんとレオを見返すリナに呆れてだから、と続けた。

「どんな男と付き合うか、をだよ。前にも話しただろ。お前はいい年頃だって。男を見る目を磨け。この船にならいくらでもいる。例えばお」

「あ、姉様」

リナの肩に回しかけていた腕が行き場を失ってがっくりと滑り落ちた。

「こっちは準備できたところだ。迎えに行こうかと思っていたんだ」

「すまない、クロウに呼び止められていたんだ」


その晩、厳しい目をしたキースの訪れがあった。

「あなた、一体どういうつもりですか」

「・・・どうって?」

机の上に長い足を放り出し自堕落に椅子に背を預けている男はいつも通り。

「・・・本気なのですか?」

レオの視線はくるりと天井を舐めたが、その次には隠し立てするつもりなど毛頭ないほど天晴れな態度であった。

「オレが本気じゃないなんてことあったか?」

「あなたっ・・・」

キースは二の句が継げず一瞬言葉に詰まった。

「年の差を考えなさいと言っているんです!良識や貞節を持ってっ」

レオは放り出していた足を下ろすとこちらを向いた。

「こーれがそんなに離れちゃいないんだな。聞いたらもうすぐ16だって。オレと5つ6つぐらいしか違わないんだな」

「実際の年齢ではなく経験の差です!あなたの精神年齢からしたらあの子は一回り以上、下ですよ!子供も同然でしょう!」

そう言われるとまあ、とレオの目は再び天井を泳いだ。

(・・・オレが16の頃には女食いまくってたからなあ)

さっさと身長も伸びて大人の階段を駆け上がってしまっていた自分からすれば、まああの双子は子供である。第一そんな恵まれた環境に居たわけではないので、登らざるを得なかったというか。


何だろう。自分が失ってしまったもの、手放してしまったものをあの子はまだ持っている気がした。自分が失ってしまったきらきらとした輝くものを、再び手に入れられるような気がしたのだ。そしてそれを、側で守りたいと思った。二度と手放さなくていいように。


「あなたは何も失っていませんよ。少なくとも、私が乗船した頃からは。何も失っていないように見える。」

見透かしたかのようにキースに言われてしまった。流石、伊達に副官を任せていたわけではない。

船と、仲間と、財産と、あちこちの港にいるお気に入りの女。自由を求める男達が羨むようなものはすべて手にしている。何が不満なのだとその目が問うている。

しばらく沈黙して、レオは問い返した。

「リナは、お前が言うように本当に子供か?」

「・・・・・・」

これにはキースも黙った。分かっている。キースも本当は分かっている。だが自分が仕えていた頃の双子が瞼の裏に閃く。あの頃の二人を手放したくない、これはキースの感傷なのだ。

「お前は、レナのお守りしてるのが似合ってんじゃねえの?」

若くして己の船を持ったこの男の目に、抜かりはなかった

宰相の地位を得て、交易に賛成派ばかりではない相手を前に微妙な利害調整を行う日々。難しくも国の健全性を取り戻していく仕事に大きな充実を感じていることを見抜かれていた。

また止める間もなく行動してしまうリナと違って、怖がりのレナは側に居て守ってやらねばとという意識が働くのだ。

結局、話はこれっきりとなった。




レナから連絡があったのは帰国して幾日も立ってない頃だった。すぐに話したいことがある、とおしゃべり鏡を通じて連絡があったらしい。レオはすぐに船を差し向けた。

お魚号との落合場所になっている発着場に着くと、レナはすぐに乗り込んで来た。

レナの話は、お守り石が盗まれたということだった。

「お守り石?」

「通常の子供石や孫石にはない強力な力が宿っている。私の石から力を分けた特別な石だ。」

一度石を継承するとその継承者が死ぬまで石の持ち主を変えることはできない。とはいえリナは国を出て、レナが王位を継ぐことは決まっていた。国内の鉱石も徐々に廃止していくとはいえ今はまだ必要な部分もある。そういった点からリナは妹に、強力な力を持つ石をお守りとして渡していた。レナが身に着けていれば国内の鉱石もまだ十分に力を維持できるほどのものだ。その石が盗まれたのだと言う。

孤児院の子供がひとり、行方知れずになっていると言う。

「人さらいか!」

卑怯な、とリナの目が険しく細められた。

レナが王位を継ぐに当たって、加護の石を受け取るということを村人にも説明していた。その話を孤児から聞き出したのだろう。

「若く痩せた、見たことのない顔だと言っていた。」

その孤児の周りを数日ウロウロしていた男を見た村人がいる。閉じられた国故に見慣れない顔はすぐにわかる。

「とにかく、石を取り戻すことが先決だ。何とか頼む」

「わかった。お前は国に戻るがいい。捜索は私の方で行う。王が不在ではみな心配する。」

そのつもりだ、とレナが頷く。双子の要領で話はさっさか進んで行く。ちょっと待てとレオが言葉を挟んだ。

「さがすって、そもそも、国外に持ち出したら呪いがかかるんじゃねえの?」

「そうだ。だから、恐らく子供ごと攫ったのだ。子供に持たせて自分は呪いを免れるつもりだ」

「なるほど。で、探すたってこう、何か、手掛かりがねーと」

空を手でかき混ぜるレオの前でリナは耳飾りに触れた。

「これで追える。アナトリに近すぎると国内の石に惑わされてわからないが、十分離れていれば探すことは可能だ」

張り詰めた表情で淡々とこれまでのことを説明していたレナがふいに顔を伏せた。

「リナ、本当にすまない。・・・こんな時に」

自分を信じて元首を交代し国を変えていこうと動き出したばかりのところだ。リナは姉らしく、落ち込む妹の膝の上の手に、手を重ねて励ました。

「大丈夫だ。お守りのことは私に任せろ。お前は国を安定させることだけを考えていればいい」

公にしていないとは言え、キースも気落ちしていることだろう。

(あの城、警備はガバガバだもんな。外から侵入者があるなんざこれっぽちも想定してねえ守りだ。)

外界で鳴らしている泥棒なら容易く盗み出せることだろう。これを機に、キースも警備体制の見直しを考えていることだろう。

「よし、すぐ出発だ」


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