花が咲くだけの魔法に、国は救えないって誰が決めた?
王宮の大広間には、今朝から花冠の試作品が並んでいた。
「花を咲かせる魔法? そんなもの、誰でも使えますよ」
不機嫌そうに言ったのは、宮廷魔法師長のエルヴィン。
重厚なローブに身を包んだ彼は、ティナを値踏みするように見つめていた。
「わざわざ王子の相手に据えるような“偉業”ですかね? 咲くだけなら、子供の魔法使いでもできますよ?」
レオニスは言い返そうとしたが、ティナは淡々と応じた。
「咲かせるだけなら誰にでもできるでしょうね。でも、“咲かせるタイミング”を制御できますか?」
「……は?」
「たとえばこのアリオステ花。開花期は早春三日間だけ。日照条件と土壌酸度に強く依存します。
ですが、私の魔法であれば、“明日の朝九時に一斉に開花”という指定が可能です」
「そんな……ばかな……」
「この国の祭り、国賓や外交使節も見ていますよね?
時間通りに咲かなければ、“国の魔法技術が未熟”だと取られる。実際に以前、花が半分しか咲かず、列国に揶揄された記録もあります」
「…………」
「魔法とは、派手なものが優れているわけではありません。むしろ、“確実に結果を出すこと”のほうが、王族には必要では?」
静かに言い放ったティナの言葉に、周囲がしん……と静まった。
「彼女の魔法は、王族の公務を支えるための“地味で精緻な技術”だ。
派手に見えないからといって、下に見るのは違う」
レオニスの声が重なる。
「私は彼女とともに、花冠の儀式に臨むと決めた。占いの結果ではなく、彼女の“実力”を見たうえで、だ」
ティナは一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、口元をほんの少しだけゆるめて、言った。
「それなら……朝五時には植え替えを終わらせてください。タイミング、ずれますから」
「……朝五時……?」
「はい、王子殿下。
私は時間を咲かせますが、それを守るのは貴方です」
この瞬間、王子レオニスのほうが、完全に“導かれる側”になっていた。
翌日。
「花冠の儀式」の前哨戦が、王宮の公開庭園で行われた。
国中から集まった貴族、庶民、異国の使節――
そしてその中心で、ティナとレオニスが並ぶ。
「これより、花冠の花を咲かせます」
ティナが手をかざした瞬間。
時間通りに、風にそよぐすべての花が一斉に咲いた。
まるで舞台装置のように、音もなく、しかし完全に揃った開花。
それは派手ではない。だが、正確すぎるその咲き方に、会場からどよめきが起きた。
「……咲いた……秒単位で……!」
「嘘だろ? こんな制御見たことない……!」
「これが……恋の魔法、だとでも?」
観客の中で誰かが呟く。
レオニスは花冠をそっと手に取り、ティナに向かって差し出す。
「花占いの結果じゃなくても、俺は君にこれを渡したい。
……それは、君が“花を咲かせられる人”だからだ」
ティナはそれを受け取り、しばらく見つめたあと――
「私の手で咲かせた花が、他人の手で美しいとされる。
……すごく、変な感じですね」
そう言って、静かに微笑んだ。
王子の胸に、確かな何かが芽吹いたのを、そのとき誰もが見ていた。