植物魔法なんて地味すぎて、王子の役に立つわけがない
翌日、王宮の裏庭では、春の祭りに向けた花壇の準備が進んでいた。
「うっ……くしゅっ!」
第一王子レオニスは、くしゃみに顔をしかめながら、立ち尽くしていた。
豪華な花々が咲き誇る庭園。だが、それは彼にとっては悪夢のような空間だ。
(花粉が……花粉が……全部俺を狙ってる……!)
レオニスには軽度の花粉過敏症がある。
王家の体面上、表立っては言えないが、彼は花が苦手だ。
香りの強い花に囲まれると、目はかゆくなり、くしゃみが止まらず、ひどいときには発熱する。
「殿下、大丈夫ですか!? あの、せっかくですし花冠の儀式のリハーサルだけでも――」
「……無理だ、距離を取らせてもらう」
侍女の申し出を断り、レオニスは花壇から距離をとる。
そこへ、妙に気配を消して歩いてくる女が一人。
「……観察完了。やはりこの土壌では、リラの根が不安定」
ティナ・ベルラルドだった。
作業着のまま、王宮の花壇に平然と入り込み、植物の根元をしゃがんで見ている。
誰も彼女を止めなかったのは、「第一王子の花冠の相手」という肩書と、「なんか逆らっちゃいけなそうな雰囲気」のせいだろう。
レオニスが咳込むのを見て、ティナは言った。
「殿下、花粉ですね」
「……わかるのか?」
「この時期の花の種類と開花周期、それに風向きと湿度から、花粉の濃度は推定できます。あと、くしゃみのリズムが一定ですから、典型的な軽度アレルギー反応ですね」
「…………(この人、なんでそんなに即答なんだ)」
「私の魔法で、数分だけなら花粉を抑えられますよ。試します?」
「君の……魔法って?」
「植物生育調整。対象の成長速度を±で調整できます。細胞活動を弱めると、開花も止まります。副作用は、ほぼなし」
言い終わると同時に、ティナは王子の周囲にある花に手をかざした。
呪文は短く、目立った光もない。だが――
「……空気が、楽になった?」
花が微かにしぼみ、香りが薄くなる。花粉の飛散が収まり、レオニスは呼吸を深くできるようになった。
「一時的な処置ですが、これで“花冠の儀式”も可能です」
「……これ、ずっとできるのか?」
「はい、祭り当日に照準合わせれば。
むしろ、何百本の花を一夜で開花させる方が得意です」
王子は驚いた。
これまでどの宮廷魔法師にも無理だった“花粉対策”を、彼女はなんでもない顔でやってのけた。
「君の魔法、もっと注目されるべきじゃないか?」
「地味ですからね。あと、“花は勝手に咲くもの”だと思ってる人が多いんです。
でも……花は、咲かせようと思えば、咲かせられます」
ティナの目が静かに光っていた。
恋には興味がないと言っていた彼女が、“咲く”という言葉にだけ、少しだけ力を込める。
その姿に、レオニスはまた、不可解な感情を覚えた。
(もしかして……花占いが選んだのは、運命じゃなくて“選択肢”なのかもしれない)
そしてそのとき、王宮の片隅では――
花占いの魔法装置を管理していた神官が、帳簿を見て青ざめていた。
「……こ、これは……! 占いの記録が……ない……?」