お見合いって、植物の交配と違うんですか?
王宮の客間は、まぶしいほどに整っていた。
磨き抜かれた大理石の床。繊細な彫刻がほどこされた椅子。淡く香る薔薇のポプリ。
その中央に座る男が、フィオレラ王国の第一王子――レオニス・フィオレラだった。
だが、彼は困惑していた。
(……あれ? 話が、なんか違う)
王族として数多の貴族子女と接してきたレオニスには、自信があった。
花占いで「運命の相手」と出たと聞いたとき、多少の懐疑はあったが、それでも心構えはしていた。
どこか浮かれた、華やかな令嬢が来るものと。
だが。
「それで、何の用なんです? お見合いってことは、生殖戦略の確認でしょうか」
目の前に座るのは、地味な作業服のまま、泥を乾かした指先で紅茶を持つティナ・ベルラルド。
「いえ、ええと……その、生殖戦略というより……もう少し、情緒的な――」
「なるほど、失礼。では恋愛感情の有無ですね? それで私に何を期待されてるんでしょう」
レオニスは口元を引きつらせた。
ティナは王子を見つめてはいるが、その瞳には緊張も畏れもない。ただ分析の光だけが浮かんでいる。
「たとえば私の容姿……褒めます? 論理的に理由を述べてもらえれば、評価します」
「…………」
「性格……ええと、冷静沈着で、目的合理性に忠実だとよく言われます。
特技は、草の匂いから数百種の品種を分類することです。会話にはあまり向いてません」
「…………」
「長所……感情に振り回されないところ。
短所……他人の感情を無視しがちなところ。あ、今まさにそれですね。ごめんなさい、反省してます」
もはやレオニスは何も言えなかった。
よく通る理性的な声で、自分をプレゼンしていくティナ。
言葉だけ聞けば、“徹底的に分析された非恋愛対象”だ。なのに、なぜか――
(不思議だ……この人、まったく心の防御を張っていない)
貴族子女たちは皆、どこか“隠す”。
媚びや愛想や計算があって当然。王子に近づくのだから、当然の振る舞い。
だが、このティナにはそれがない。
感情は少ないが、嘘もない。反応が奇妙で、予想不能で――むしろ興味深い。
「……ひとつだけ、教えてもらえますか?」
「はい?」
「なぜ、王子である私と、花占いで結ばれたのに、逃げようとしなかったんですか?
怖くなかった? 巻き込まれるのが嫌だとは思わなかった?」
ティナはしばし考えたあと、言った。
「単純に興味がありました。王子という“環境因子”が、個体A(=私)にどう影響するか。記録を取りたくなったんです」
その瞬間、レオニスは笑ってしまった。
静かに、だが心から――だ。
「なるほど。あなた、本当に……恋愛とか、意味わかってないですね」
「よく言われます」
「でも、それが……とてもいい」
「……?」
ティナは首をかしげた。
だがその無垢な仕草さえ、レオニスには妙に可愛く見えてしまっていた。
(ああ……なるほど)
(これは花占いの結果ではない)
(この人は、最初から“私が好むタイプ”だったんだ)