花占いなんて、信じるほうがどうかしてる
今年もまた、草原の国フィオレラに春が訪れた。
風は優しく、空は青く、そして人々は浮かれていた。年に一度の「花冠の祭り」が近づいているのだ。恋を告げる花が、咲き乱れる季節。
だが――その空気の中で、ひときわ場違いな少女がいた。
「……は? 今年の占い結果、王子と“私”? どういう取り違え方をすればそうなるわけ?」
ティナ・ベルラルド。
薄い茶髪を結い上げ、いつも通り作業着姿。両手と膝には土がついていて、足元では鉢植えが山積みになっている。彼女の仕事場は、首都近郊にある王立植物園の奥まった温室だ。
「王子が……恋の花の相手? ありえないでしょ、物理的に」
ティナが言っているのは、フィオレラ王国で行われる「花冠占い」のこと。
春の祭りの前に、国中の適齢期の男女が花占いを受け、その結果に従って“両想い”と診断された相手と、晴れて祭りの日に花冠を交換する――という風習だ。
もちろん、形式だけのものとしてスルーする者も多い。だが、王家ともなれば話は別だ。
「え? 占いの通りって、あの第一王子の……?」
助手の少女が青ざめる。
王子――レオニス・フィオレラ。長身に金髪碧眼。貴族にも庶民にも人気のある、次期国王候補筆頭。恋の相手としては、全国の乙女が憧れる存在。
「なんで私なんだろうね。私、花の花粉も落とさずに観察してるだけの人間だよ? 見た目も性格も、恋愛に必要な要素ゼロだよ?」
「ティナさん、さすがにそこまで自己否定しなくても……」
「事実じゃん。私は恋愛に向いてない。むしろ“繁殖期に入った珍奇植物”の交配実験の方が、興味ある」
助手は困惑の顔を浮かべた。
だが、ティナにとって恋愛とは「非論理的な化学反応」であり、「実用性のない生理現象」でしかない。植物の受粉の方がよほど建設的というのが彼女の持論だった。
だがそのとき――
「ティナ・ベルラルド殿でお間違いありませんか?」
突然、王宮の紋章が入った制服姿の騎士団員たちが温室に現れた。
重々しく言葉を続ける。
「第一王子殿下より、正式に“お見合い”のご依頼が届いております」
「……は?」
助手が悲鳴を上げた。
ティナは目をしばたたき、しゃがんだまま、鉢植えに注いでいた水をそのまま地面にこぼした。
「この国、やっぱりおかしいわ」