変則キャッチボール
これはSNS全般に言える事なのかもね。
白銀鏡の一部です。
どうぞ。
——皆様の生活に、必ずと言っていいほど起きる現象、“コミュニケーション”。
便利な物ですよね〜。
面白い物ですよね〜。
でも時には——ストレスにもなるんですよね……。
コミュニケーションにも色々ありますが、最も多いと言えるのはやはり、言語を通して発生する、会話。
この“会話”の動きを表す時に、よくキャッチボールなんて例えられますよね。
キャッチボール——これも中々に楽しいもの。
ですが、こうなるとどうでしょう?
——相手側が、あらぬ方向にボールを投げたり、わざとぶつけるように投げたり、はたまた、キャッチをした途端に、なんと相手がもう一つのボール投げてきたりしたら。
これはもう、キャッチボールとは言えませんね。
ミットに収まらず、取っては投げ返すと言うルールを逸脱したキャッチボールとは、ストレスを感じるものです。
今度はこれを、コミュニケーションに当てはめた場合で考えるとどうでしょう?
——意味のわからない事を言ったり、悪口を言ったり、相手に何も言わせず自分の言葉ばかりを並べられたりしたら。
これも、コミュニケーションにならず、ストレスになります。
二つを当てはめると、こうもイコールになるなんて、会話のキャッチボールとはよく言ったものです。
——そこで、私は考えました。
Xでのコミュニケーションとは、どのように成立しているのかを……。
ズバリ、Xとは——キャッチボールをする場所ではありません。
色んな人が投げたボールが、ただ飛び交うだけの、自由な場なのです——。
飛び交うボールを、勝手に取ってもいい。
相手に投げ返しても、投げ返さなくてもいい。
取ったボールを、関係ない人に投げてもいいし、投げられたボールを拒否してもいい。
まさに——変則キャッチボール。
私にとってXとは、人と人とのキャッチボールを楽しむ場所ではないと考えているのですよ。
——がっかりさせた人も、中にはいますかねぇ?
ですが、どうかご了承くださいね。
それから、飛び交うボールに被弾し、心に怪我を負う事もある場所ですので、これから踏み出す方は十分にご注意を。
白銀鏡と、変則キャッチボールを楽しみたい方は、shall we?
ノンフィクション?
ただのエッセイやんけ




