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2 裁判

「被告人、前へ」

 ひょろりと線の細い、色白の青年が証言台の前に立った。顔はそこそこ整っていたが、服の袖や襟から見える顔や、手や首の肌には無数の傷跡があった。

「被告人、霧崎リョウ、あなたはこの大量殺人をしたと認めますか?」

 霧崎は顔を上げる。黒々とした目に冷たい光を宿し、裁判長を威嚇するようにまっすぐ視線を注いでいる。

「ああ、俺がやった」

 2年前、東京の端の閑静な住宅街で凄惨な連続殺人事件が起こった。川沿いの直線道路沿いにある民家に何者かが侵入し、住人を殺害するという事件だった。襲われた民家は全部で7軒もあり、どれも3~4か月ほど空けて犯行が行われた。死体をずたずたに切り裂いてベッドに並べたり、家族の首をキッチンに丁寧に並べたり、物干し竿に死体をひっかけ、洗濯物を乾かすピンチで剥いだ皮を乾かすなど、犯人はおよそ人の所業とは思えないほど残酷なデコレーションを施して現場を去った。家の金品などは一切手を付けられていないことや、被害者に川沿いの民家に住んでいたこと以外の共通点が無いこと、殺害時の犯人特定へつながる証拠を残さない巧妙さから、犯人像や目的が見えず、街は恐怖に支配された。合計で、子供を含む20人もの人間が死亡した。

「なぜこんなことをした?」

「最初、俺は被害者だった。俺の人生はクソで、他の人間全部が超ラッキーに見えた。みんな幸せそうだ。俺はそのハッピーを俺にも分けてほしいと思った」

 霧崎は淡々と言った。

「だからってなんでうちのおばあちゃんが死ななきゃならないのよ!」

 傍聴席から女が立ち上がって涙声で叫んだ。両脇の傍聴人が女を抑えるが、彼らも悔しそうに歯を食いしばって顔をゆがめていた。霧崎は女を一瞥し、まだ俺の話す番だから黙らせろ、と言わんばかりに裁判長に顎をしゃくるポーズでアピールした。

「まあ聞けよ。そういうわけで俺は1人目を殺した。でもそれがなんだかハマっちまった。俺は生まれてこの方なんの才能もないと思っていたんだが、殺しの才能だけはあったんだ。義務感や不平等是正なんてのは、2回目からはどうでもよくなった。できるだけアーティスティックに死体を表現することが気持ちよくなった。俺は俺のハッピーを見つけた」

「犯行場所は川沿いばかりだが、その理由は?」

「その川の横の道路が、俺の不幸せの原因だからだよ。みんなあの道路でアホみたいにカッ飛ばす。あの道路の交通事故で俺の幸せは粉々になった。あそこで事件を起こせば交通規制や検問強化で警察がいっぱい来るだろ?そしたらスピードを出さない。俺は一人の人間を殺すことでたくさんの人間を守ったんだ。こういう義務感のせいだよ。だから定期的に事件を起こしてやったのさ」

「頭おかしいのかよ!」

 傍聴席から女が叫ぶ。

「おかしいのはそっちだ。あんたらがあの道であんなに飛ばさなきゃ、俺の両親も、あんたのばあさんも死ぬことはなかったんだ」

 女は目の前の青年への憎悪に顔をゆがめながら、声を出すこともできずに号泣した。

「まあ、俺の大事な人を殺された恨みを押し付けたかったってのもある。俺だけがこのクソみたいな道路に苦しめられる不平等が耐えられなかった。これで満足か?」

「弁護人、説明はあるか」

 弁護人の男が立ち上がる。

「彼は7歳の時に、川沿いの道路での交通事故で両親を失っています。また、その後に預けられた児童養護施設で仲良くなった少女が、同じ道路でトラックにひかれるのを間近で目撃しています。そのため、道路に対して並々ならぬ感情があることは間違いありません。実際、ここ30年間でその道路での交通事故は全国的にもトップと言えるほどの発生件数でした。この町の道路整備が予算不足などで十分に行き渡らず、速度制限など安全対策がおろそかであったということに警鐘を鳴らしたくなる感情は、客観的に見ても自然な正義感だと考えられます」

 傍聴席がまたざわざわと騒ぎ出す。裁判長は「静粛に」と鎮めた。

「行き過ぎた正義感が凶行に走らせたと?」

「はい。1件目の動機の一つとは言えるでしょう。また、彼は一時期叔父に引き取られ、そこでひどい虐待を受けていました。思春期における人格否定により、彼の幸福観が歪んでしまい、人を殺すという非日常的な行為によってしか興奮を得られなくなってしまったのです。つまり、2件目以降の彼の凶行は、彼の周りの環境が彼をそうせざるを得ない状況に追い込んだ結果として説明できます」

「よろしい。では検察官、何か反論はあるか」

 反対側に座っていた検察官が立ち上がる。

「行き過ぎた正義感、という話がありましたが、正義感は後付けです。彼は最初から人を殺したいという欲求のために人を殺したのです。彼は幼いころからの不幸で、常に自分が被害者だという強い意識の元で生きてきました。彼の証言にもありましたが、不平等というキーワードです。他人にも同じ不幸を味わってほしいという自分勝手な考え方が見て取れます。両親の事故の前の幼稚園でも問題を起こし、児童養護施設でもたびたび暴力的な問題を起こしていました。叔父との家庭では暴力はありましたが、彼自身で児童養護施設と叔父の家のどちらに住みたいか判断したうえで住んでいたという記録があります。叔父の家に住んでからも、たびたび児童養護施設に出入りしていたとのことです。叔父からは十分な資金をもらっていましたし、逆に叔父に暴力をふるい、虐待していたという事実もあります。このことから彼は最初から暴力的な性格で、その性格のせいで事件を起こしたと言えます。さらに科学的なその証拠をお見せします」

「証人、前へ」

 白衣を着た科学者らしき男が証言台に進み出た。ぼさぼさの髪と、指紋で汚れた眼鏡が、いかにも研究所からそのまま出てきたかのようなスタイルの、背の高い男だった。

「私は伊尾脳科学研究所の研究員の鯨田と申します。彼の脳を調べたところ、犯罪を犯す者の特融のパターンが見受けられました。このパターンに陥ると、犯罪行為そのものに快楽を求める傾向が強いことがわかっています。快楽物質が出るところと、殺人をするところが結合してしまっていることが確かに確認できました。そのため、彼の正義感という言葉が、後から考えた言い訳であるということは言えると思います」

「彼の犯罪者特融の脳のパターンというのは、生まれつきのものですか?それとも、両親死亡の事故や、叔父と上手くいかない時代を超えてからできたものですか?」

 弁護人が持ってきた裁判の争点は、彼の凶行が、彼自身の性格によるものなのか、彼を取り巻く環境のせいだったのか、というところだった。霧崎はつまらなそうに科学者と裁判長を眺めた。どうせ死刑だ、とあきらめているのだった。心優しい弁護人は、無期懲役を狙っているのだろうが、20人も人を無差別に殺しておいて、死刑にならないはずがなかった。こんな議論は時間稼ぎに過ぎなかった。その部屋にいる、全員がそう感じていた。

 微妙に冷めた空気の中、科学者は顎を指でさすり、慎重に言葉を紡いだ。

「生まれか育ちかということですね。……すみませんが、それははっきりと答えることはできません。そうかもしれないし違うかもしれない。それは、彼の脳にもっと精密な機械を入れて、彼が事故に遭った場合と、遭わなかった場合の2パターンをシュミレーションし、検証する必要がありますね。具体的には、彼の今の脳、つまり生体の脳みそと、彼の脳をスキャンして作ったコピーの脳、つまり電子脳を並べて、それぞれに人生を仮想的に生きさせるんです。そして、同じような状況に置いて、本当に人を殺すかどうかテストします」

 科学者の喋り方はぼそぼそしていて聞き取りづらかったが、裁判内容からずれてきていることはわかったので、裁判長は「よろしい」と打ち切った。

 その後、一つ一つの事件に間違いがないかどうか確認し、弁護人と検察官が何度か立ったり座ったりしたが、どれもやはり時間の無駄のように思われた。

「主文、被告人を死刑とする」

 やがて裁判官はそう言った。

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