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第八話 暗闇の足音


「ん……っ」


 瞼を貫通してくるほどの眩しい光に目を覚ます。


「朝……か」


 のそっと上半身を起こして光が差す方向を見る。ガラス障子の向こうには、ついさっき昇ったであろう朝日が家の中を照らしている。

 そして隣には――。


「すぅ……」


 昨日と同じような状況で紫乃が寝ていた。服は乱れてはだけており、ボタンが飛んだり生地が破けている箇所もある。


「はぁ……」


 ため息を吐くが、隣で寝ている紫乃を見ても焦りや恐怖といった感情は無かった。

 実際、昨日ほどの不気味さや恐怖心を俺はこの女に抱いていない。昨日は何故こんな事をしてくるのかが分からず、その不可解さが恐怖の源だった。

 しかし蓋を開けてみれば、今まで亜人症が理由で人と関わりが持てなかった女が男を求めているだけだ。


(それでもヤバい女だという事に変わりは無いが……)


 だが、こんな山奥に隠れ住むくらいには街で嫌な目にあったのだろう。自分も亜人を避けたり突き放したりしてきた経験があるので、罪悪感などから一方的にこいつを責める気にはなれなかった。


 …………。


(それでもやっぱりヤバい女であることに変わりは無いけどな!)


 毒を盛られたことや現在進行形で監禁されている事を思い出して同情の気持ちが少し薄れた。


「すぅ……むにゃ」


 呑気に寝ているこいつを今すぐ叩き起こして文句を言っていやりたい衝動に駆られる。

 しかし起こしてしまってはまた捕まるだけだ。


(こいつの力が俺より強いのは昨日分かった)


 悔しいが本気で抑えられたら振り解くのはほぼ不可能……さらにはあの毒を吸わされると理性が飛んで獣になってしまう。


(あの毒、一回目の時よりも二回目の方が効きが強かった気がする……)


 一回目は紅茶に入れられてそれを飲み、時間が経ってから少しずつ効いてきた。

 しかし二回目は布に染み込んだものを直接嗅がされるとすぐに効きだした。


(一回目の時は量が少なかった……? いや、それとも飲むよりも嗅ぐほうが効くということか?)


 そういえば昨日の夜、抑えられて毒を嗅がされてる時に『匂いが云々~』みたいなことを言っていた気がする。という事はあの催淫毒は【飲む】よりも【嗅ぐ】ことに意味があるのか。


「……」


 そんなことが分かったところで何だと言うんだ。それよりも先ずはこの場から逃げることを優先しよう、そう考えて俺は音をたてない様に立ち上がった。

 そして静かに、かつ急いで服を着なおす。


「まぁ……そうそう起きないとは思うけど…‥」


 一回目の時もそうだったが、あの毒を嗅がされると一度や二度ヤッた程度では治まらなくなる。

 昨日も獣の様な紫乃の喘ぎ声を何回も聞いたが、そんな事はお構いなしに何度も【頑張った】記憶がうっすら残っている。毒の影響を受けた俺よりも、それを受け止めたこいつの方がよっぽど体力を消耗しただろう。

 その証拠にこれだけ眩しい朝日が顔を照らしているというのにまるで起きる気配がない。


「ふゅ……んん……」


(満足そうな顔して寝やがって……)


 そんな事を頭の中で言いながら俺は最後の上着を羽織り……少し考えてからもう一度脱いで紫乃の体にかけた。

 寝ている紫乃の顔を見てついそうしてしまった。本当に少し絆されてしまったらしい。


(それでも俺は帰るぞ……!)


 もう一度そう決意して俺は進……もうとしたが――。


「結局出口はどこなんだ?」


 玄関の鍵は相変わらず見つかっていないし、このガラス障子も同じようにロックがかかっていて開かない。

 また別の出口を探すか……とも考えたが、そんなものがあるかどうか分からない上に探している間にまた同じ状況になるかもしれない。

 今は朝……ということは昨日の夜まではこの家にいなかった他の住人が出てくる可能性もある。そうなったら本格的に逃げられなくなるので悠長に探索をしている場合ではない。

 そう結論付けた俺は――。


「……割るか」


 目の前のガラス障子を割ることに決めた……のだが。


「すぅ……」


 問題はこいつだ。


「流石にガラス割ったら起きるよな……」


 未だに横で寝顔を晒している紫乃に気づかれずにガラスを割ることはおそらく不可能だろう。どれだけ疲れて熟睡していたとしても真横でガラスが割られれば普通は起きる。

 ならガラスを割ってからいかに早くこの場から逃げるかが重要となってくる。一秒でも早くこの場から離れて、一秒でも早く車を見つけて逃げる、頭の中でそうシミュレーションする――が。


「……あ、車の鍵どうしよう」


 しまった、鍵が無ければ車を見つけても動かせない。車の前で右往左往しているところを捕まえられて終わりだ。その場で毒を嗅がされてスネークカーセックス(ポイズン添え)が始まってしまう。


「どっちにしろ鍵を探すしかないのか……」


 玄関の鍵か車の鍵、このどちらか……あるいは両方を見つけなければこの屋敷からは逃げられない。


「はぁ……仕方ない」


 ため息を吐いて俺は身を翻した。


「キッチン――には何もないだろうから、こっちに行ってみるか……」


 紫乃が寝ている間にまだ見ていない所を周っておかないとな、と考えてキッチン方面とは逆の方向へ廊下を進んでみることにする。


(その前に、この縁側沿いにも部屋が四つ並んでるから確認しておかないとな……)


 そう考えて紫乃を起こさないように気を付けながら一つずつ扉を開いて周った。



 ◇



「全部、書斎か……」


 四つの部屋全てに本棚がぎっしりと並んでおり、その本棚を埋め尽くす勢いで本が詰まっていた。この部屋にある本を持って縁側で読書をするのだろうか……。

 しかし鍵などが隠されている様子は無く、本当に只の書斎といった感じだった。


「……やっぱり奥に進むしかないか」


 ここに玄関と車の鍵がセットであれば楽だったのに、と少し落胆しながら廊下の奥へと歩き出した――が。


「まっ、て……」

「!?」


 後ろから聞こえた声に驚いてバッと振り向く。


「やだ……」


 聞こえた声は紫乃の寝言だった。さっきまでは幸せそうなに寝ていたはずが、今は泣きそうな顔で丸まっている。


「……」


 ほんの少し、後ろ髪を引かれる思いはあったが俺は足を進めた。


「こんな状況じゃなかったら……普通に……」


 亜人だから、という理由は俺の中で大分薄れていた。


「普通に知り合ってたら……多分……」


 いや……普通に街で知り合っていたら亜人嫌いの俺とこいつが仲良くなることは無かっただろう。皮肉にも【こんな状況】だからこそ俺はこいつを一人の女性として見ている。


 トコ、トコ……。


 なら悪いのは今までの俺か……そんなことを思いながら廊下を進み、突き当りに扉があったので開けてみる。


 ガチャ。


「トイレか……」


 これまた普通の家よりも大きいトイレが出てきたが、特に変哲もないトイレだったのですぐに閉める。

 左側は壁、右にしか道が無いのでそちらに進む。


 トコトコ……ガラッ。


「こっちは物置か」


 次にトイレの右隣にあった引き戸を開くと臼や杵、脚立等の普段は使っていないであろう物で溢れた物置だった。

 こちらの部屋も特に用事はない……そう思って扉を閉め、そのまま右側を見る――と。


「なっ!?」

挿絵(By みてみん)


 俺が今歩いて来た廊下もそれなりに長い廊下だった。日当たりの良い縁側はおそらく二十メートル位あったのではないだろうか。

 しかし今度の廊下は更に長かった。

 今歩いたトイレと物置がある二、三メートル程の通路から続いていたのは、斜めに向かって伸びる長く薄暗い通路。縁側の倍以上の長さで向こう側がかろうじて見えるかどうか、そのくらいの長さだった。


「あらためて……どんだけでかいんだ、この屋敷」


 電気が点いていない為、縁側から微かに差し込む日の光しか明かりが無い。暗いその廊下がやけに不気味に見え、進むことを少し躊躇してしまう。


「なんでこんなに暗いんだよ……」


 そうボヤきながらも足を動かす……と、暗闇に目が慣れて数歩進んだ所で左の壁にカーテンが閉まっている窓を見つけた。


「なんでカーテン閉めてるんだ? だから暗いんじゃ……」


 よく見ると長い廊下の左側面にはいくつか窓らしきものが並んでおり、カーテンがかかっている。逆に右側面にはずっと壁が続いており、真ん中の辺りに一つだけ扉がある。


「あの扉はどこに続いてるんだ?」


 扉の向いている方角的に考えると、おそらく外に繋がってはいないだろう。

 それでも確かめなければと思い……。


 トントン、トン――。


 小気味の良い足音を鳴らしながら木板の廊下を中ほどまで歩いて扉の先を確かめる。


「こっちも通路か……」


 扉は木製の引き戸で既に開いており、その先はおそらく十メートル程と見られる廊下が続いていた。

 その十メートルの間にも部屋の扉がいくつか並んでいる。


「迷うぞ……これ」


 今いる長い廊下を奥に進むか、この扉の先に進んで部屋を確認するか。玄関の反対方向へ行って裏口を探すなら前者、部屋の探索をして鍵を探すなら後者。


「んー……あれっ? そういえばこの窓からは外に出られるのか?」


 廊下の左側に並んでいた窓を思い出す。縁側のガラス障子がロックされていたので窓は開かないものだと思い込んでいたが、ここから出られるなら一旦外に出るのも有りかもしれない。


「ロックが無ければ話が早いんだが……」


 そう呟きながらカーテンをめくって、窓を確かめる。


「……え?」


 結論から言うと窓にロックはかかっていなかった。

 いや、正しくは鍵自体が付いていないタイプの窓だった。加えて玄関やガラス障子に取り付けられていた後付けの鍵も見当たらない。

 しかし俺が困惑した理由はそこでは無く、窓の向こうだった。

 窓の向こうに見える景色……それが屋外ではなく、屋内だったからだ。


「なんで廊下の向こうに廊下が……?」


 ガラスの向こう側にはこちらと同じような廊下が並行に通っており、廊下と廊下の間に窓付きの壁が建っている、という間取りだ。


「なんで……こんな所に壁なんて作ったんだ?」


 窓から覗いた感じ、向こうもこっちも薄暗い以外は普通の廊下だ。同じ方向に延びていて行き先が一緒なら、わざわざ真ん中に壁を作って狭くせずに広いまま使えばいいのに――と思った。


「んー、窓は開くみたいだし……向こう側に行ってみるか?」


 向こうに行ったところで出口があるかは分からないが、元から当てなど欠片も無いので試しに行ってみるのも良いか……と考えたその時――。


 トンッ、トンッ……。


「!?」


 廊下を歩く足音がしたので紫乃が起きたのかと思い、咄嗟に後ろを振り返る。


「……っ」


 しかし後ろには誰もおらず、姿は見えないがおそらく紫乃もまだ寝たままだ。


 トンッ、トンッ――。


 なのに足音は徐々にこちらに近づいて来ている。


(いや待て! そもそもあいつが起きたとしても足音はしない…!)


 そう、紫乃は蛇の亜人。

 下半身は蛇体となっており、昨日もずりずりという音を鳴らして進んでいた。昨夜見つかった時に至っては音がしなかったくらいだ。


(あいつとは別の住人……!)


 耳を澄ませて何処から来るのかと意識を集中させる……。

 そうすると、足音は窓の向こうから聞こえてくる事に気付く。


(向こうの廊下の奥から、こっちに向かって来る……!)


 そう思い至ると同時にカーテンを閉めて窓枠の下へと身を屈める。


 トンッ、トンッ。


 規則正しい足音が徐々にこちらに近づいてくる。


 トンッ、トンッ――トンッ。


 そして足音は壁一枚を隔てた俺のすぐ隣まで来た。


「……!」


 息を止めて可能な限り気配を消す。


 トン、トン……トン……トン……。


 すると足音はそのまま歩みを止めることなく遠ざかって行った。


「っ、はぁっ~~~~!」


 肩の力が抜け、止めていた息を一気に吐き出――したのが不味かった。


 トッ――。


「……?」


 トットッ、トットッ――!


「っ!?」


 遠ざかっていた足音が急にこちらへ引き返してきた。


(しまったっ! 完全に油断してたっ……!)


 もし窓を開けてこちらを覗き込まれれば……しゃがんでいるだけの俺はすぐに見つかってしまう。


(何処か……何処かに身を隠さないと……!)


「っ――!」


 バッ――!


 必死に頭を廻らせた結果、俺は目の前にあった分かれ道の通路へと飛び込んだ。

 そしてすぐさま扉の陰へと身を隠す。


 トットット、トン――。

 カラカラッ――。


「…………?」


 足音の主が窓を開けて誰かいないか確かめている。


「っ…………!」


 俺はじっと息を殺して身を潜める。 


「今……気のせい?」


 ――女の声。


 カラカラッ……タン。

 トンッ、トンッ……。


 窓を閉める音が聞こえ、今度こそ足音が遠ざかって行った。


「っ、ふぅ……」


 俺はさっきと同じ事にならない様、気を付けて息を吐く。


「やっぱり他にも住人がいたな……」


 身を隠していたので姿は見てないが……声は女だった。紫乃が言っていた通り、おそらく亜人の女で集まって暮らしているのだろう。


「早く脱出する必要が出て来たな……」


 いくらこの屋敷が広いと言っても複数人に追われれば逃げられない。

 昨日の情事を経て、紫乃に対する警戒心が薄れていたので少し楽観的になっていた。

 もし他の亜人も紫乃と同じように欲求を持て余しているなら捕まったが最後、この屋敷の性処理ペットにされてしまう。


「そうなる前に早く鍵か脱出方法を探さないと。とりあえず……鍵を探すか」


 咄嗟に飛び込んだ通路の先にはいくつかの部屋が並んでいる。この部屋のどこかに玄関や車の鍵があるかもしれない……そう考えて俺は探索を始めることにした。


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