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第五話 遠のく帰り道


「っ!?」


 バッ――!


 目が覚めた俺は覚醒すると同時に勢いよく身体を起こした。


「ここは――そうだ、あの女に毒を盛られて……その後は……」


 俺が記憶を辿ってさっきまでの事を思い出そうとしていると。


「んっ……」

「!?」


 隣から女の声が聞こえて咄嗟に身構えた。


「んん……」

挿絵(By みてみん)


 間抜けな顔を見て肩透かしを食らう。


「んん……むにゃ……」


 俺に毒を盛ったこの女は裸で呑気に寝ていた。

 毒の効果で興奮しすぎて記憶が曖昧だが、相当激しくしてしまったらしい。気の抜けた寝顔はちょっとやそっとじゃ起きる気配がなかった。


「くそっ、好き勝手しやがって……!」


 出すものを出して毒も一緒に抜けたのだろう、今は頭がすっきりしていた。何だったら普段よりも体調が良いんじゃないか、なんて思うくらい体の方もすっきりして軽い……気がする。

 いったいどのくらい寝ていたのかと思って時計を見る。


「っ……!」


 長針と短針が揃って上を向いている。およそ午前零時……もうすっかり夜中と呼べる時間になってしまっていた。


「とにかく、こいつが寝ているうちに逃げよう」


 俺はゆっくり立ち上がると乱雑に脱ぎ捨ててある服を着て、自分のリュックを持って音をたてないように部屋を出る。


「玄関は……どっちだ?」


 相変わらず広い屋敷なので玄関に行く道がどっちかすら迷ってしまう。

 しかも電気が点いていないので先が全然見えない。


「かと言って時間かけてゆっくり探してるとあの蛇女が起きてくるから早く見つけないとな」


 【蛇女】とは少し口が悪かったか、とも思ったが初対面の人間に毒を盛るような女なんて蛇女で十分だ。

 心の中でそう言い訳して、俺は歩き出す。

 その心中の端の方、感情の隅に彼女への罪悪感のようなものがあるのは、一度肌を重ねて情が湧いてしまったのだろうか。

 あるいは彼女の境遇に思うところでもあったのか。

 実際、毒の影響とはいえ俺は自分から彼女を求め、その身体を貪っていた。

 自分でも気づかないほど小さなその感情から俺は目を反らした。


「しかし……ここから出たとしてどうやって街まで戻る?」


 そう、そもそも俺は遭難してこの屋敷にたどり着いた。ならここを出たところでまた遭難するのは目に見えている。

 そんな考えが頭を過ぎる――が。


「いや――あの女だって飯は食うよな……なら食料を買いに行くために街に行くはずだ」


 おそらく買い出しに使う車、そしてその車が通れる道がきっとある。

 紫乃は車の運転が出来る様な体では無いが、一緒に住んでいる【家族】とやらが使っているものがあるはず……。

 なので屋敷の外に出たらまずは車を探そう、と決める。


「人に変なもの飲ませたんだ。車を借りるくらい文句は無いだろ」


 そう悪態を吐いて俺は長い廊下を歩いた。





「見つけた……」


 玄関は思ったよりも早く見つかった。考えてみれば何のことは無い、来た道を戻ればいいだけなのだから。

 それでも初めての場所でこの広さと暗闇、一度通った道であっても方向感覚が狂いそうだった。さっきまでいた居間からこの玄関までの距離が近くなければ普通に迷っていただろう。

 だが――。


「……っ」


 ガタンッ――。


 玄関には俺が履いて来た靴が置かれており、間違いなく自分はこの扉から入ってきたという証明にもなっている。後はこの扉から外に出て、車を探して人里に降りるだけだ。


「……っ!」


 ガタガタッ――!


 なのに、なぜ俺がこんなに苦い顔をしているかというと――。


「なんだよ……この鍵っ」


 玄関の扉には【鍵】がかかっていた。

 鍵──といってもつまんで回せば開く内鍵ではない。引き戸の内側……二枚の扉が重なる中央の部分。そこに鍵を差し込むタイプの錠前が後付けされ、扉をロックしている。専用の鍵を差し込まないと玄関は開かない。


「どうすんだよ……これ」


 鍵を壊したり扉を蹴破ったりするのは現実的に不可能だろう……テレビで見た事があるが、あれは相当な力がいるらしい。


「なら他の出口を探すか……?」


 しかし、そう考え始めたところで……屋敷の奥からタイムリミットを告げる音が聞こえた。


 ぎしっ――。


「っ!?」


 バッ――!


 その音を聞いた瞬間、俺は咄嗟に近くの部屋に飛び込んだ。


「ッ……!」


 飛び込んだ部屋にあったのはシンクにコンロ、冷蔵庫……俺の家とは比べものにならないくらい広いキッチンだった。


(……この匂い)


 俺に出した紅茶もここで淹れたのか、少し紅茶の香りが残っている気がする。

 ……この状況でそんな気の抜けた感想が出てしまうくらいには俺も肝が据わっているのか。

 部屋の中に入った後は音をたてないように扉を閉める。


「……」


 静かに息を殺しながら扉に耳を当て、様子を伺っているとずりずりという音が近づいてきた。

 その音は俺のいる部屋の前辺りで止まり、同時に声が聞こえてきた。


『あれ、いない……靴はまだあるから……外には出てないよね?』


 紫乃の言葉遣いは初めて会った時よりも心なしか幼くなっていた。


(そりゃあ鍵がかかってるんだから出られる訳ないだろ!)


 そんな紫乃の台詞に俺は心の中で文句を言う。


『じゃあトイレかな…?』


 そう呟いて紫乃はまたずりずりと音をたてながら遠ざかって行った。


「ふぅ……」


 無意識に止めていた息を吐いて肩の力を抜く。


「それにしても呑気に『トイレかな?』って……あいつは本当に俺がこの屋敷に住むとでも思っているのか?」


 自分から逃げるために隠れているとは考えてもいなさそうな声だった。


「意外と天然なのか……?」


 それとも、さっきの情事で愛のようなものが芽生えたとでも思っているのか。


「とりあえず、あいつに見つからないように他の出口を探さないと……いや、別に見つかっても大丈夫か?」


 相手は女だ。力づくで俺を抑えつけることは多分、出来ない……だろう。


(多分……)


 下半身を含めれば俺の三倍くらいはでかいが……。


「……やっぱり止めておこう。あの蛇体で巻き付かれたらいくら相手が女でも逃げられない……」


 甘い考えを頭から取り払う。


「それに何よりも、あの毒をまた飲まされたら――自分の意思ではどうにも出来なくなる……」


 あの催淫毒を飲まされた後、毒が回ってからは理性なんて言うものは俺の中から消え去っていた。ただ目の前の雌を犯すことしか考えられなくなる劇薬――あれを飲まされたら逃げるどころの話じゃない。


「やっぱり見つからない様にしないとな」


 そう決めた俺は音をたてないように気を付けながらキッチンから出る。


 スゥー――。


 耳を澄まさなければ聞こえない程度の大きさで扉を開く音が鳴る。


「…………」


 開いた扉から頭だけを出し、誰もいないか周りを確認する。


「……いない、な」


 誰もいない事を確認すると、俺は慎重に部屋から身を出した。


(そういえばあの女にばかり気をつけていたが他にもいるんだよな?)


 紫乃は『家族のような友人たちとみんなでお金を出し合ってこの屋敷を建てた』と言っていた。

 その理由が、亜人になってからの周りの目が理由だとも。

 そして『みんな』ということは、この屋敷には紫乃の他にも亜人が二人以上は居るという事になる。

 おそらくは紫乃と同じように欲求を持て余した亜人が……。


(確証は無いが他の奴に見つかっても厄介な事になるだろう……)


 紫乃以外の人間にも見つからないように気を付けないと。


(でも……あいつ以外に人の気配が全然無いよな)


 そう、俺がこの屋敷に招かれてから紫乃以外の誰とも会っていない。

 それどころか、よくよく考えてみるとこの屋敷には紫乃以外の物が見当たらない。

 玄関にも俺意外の靴は無かったし、風呂場にあったシャンプーや洗面所にあった日用品も一人分程度しか無かった気がする。


(そこまでジロジロ見ていた訳じゃないけど、そんなに何人分もあったら流石に気付くと思うが……)


 この屋敷に『みんな』で済んでいるというのは嘘だったのか?


「いや、嘘を吐いているような感じでは無かった……というかそんな嘘を吐く理由が無いよな……」


 なら他の住人は出かけている?

 そうだとしても屋敷に紫乃以外の痕跡が無い理由がつかない。


「そんなこと考えてもしょうがないか……とにかく、他に人がいないなら好都合だ。今のうちに出口を探そう」


 そうして俺は忍び足でゆっくりと歩きだした。





 出口を探すために歩き出した俺だが、少し歩いてまたキッチンへと戻って来ていた。

 何故ならこの廊下、木の板で作られているので床が軋んで音がするのだ。


「どうすっかな……」


 その所為で急ぎたいのに急げない。

 別に一歩踏み出す毎に『ギシッ!』と大音量で響く、という訳でも無い。たまに『きしっ……』と鳴る程度である。

 それでも、その音で見つかったらと考えると進むことにも躊躇してしまう。


「だからと言って、ずっとここにいる訳にもいかないしな……」


 そう呟きながらぐるりとキッチンを見渡す。

 するとテーブルの上に林檎を見つけた。


「そういえば紅茶から林檎の香りがしたな……」


 そう言って何の気なしに林檎を手に取ったその時――。


 カタッ――。


「っ!?」


 バッ――!


 後ろから物音が聞こえ、振り返りもせずにキッチンの奥にある扉へと飛び込んだ。


「……?」


 しかし誰かが追いかけてくるような気配は無く、恐る恐るキッチンの方を覗いてみる。


「……誰もいないな」


 おそらくシンクにあった食器か何かが音をたてただけだろう。


「ふぅ……」


 流石に今のはビビり過ぎたと思い、誰に見られた訳でも無いが少し気恥ずかしさがこみ上げてくる。


「あ、林檎……」


 手には先程持った林檎が握られたままだった。


「非常食として貰っとくか……」


 すぐに帰れるならそれに越したことは無いが長期戦になる可能性もある。

 俺は林檎をリュックに入れ、たった今入ってきた部屋を見渡した。


「ダイニングか……」


 キッチンの奥にあった部屋は大きめのテーブルや椅子が並んでいる食事室だった。向こうで作った料理をこの部屋で食べるのだろう。


「にしても、こっちも広い……」


 キッチンがあれだけ大きかったのだから当然と言えば当然だが、ダイニングは十人以上で食事会をしても平気そうな広さだった。

 そしてその奥にはまた別の扉があった。


「……行くか」


 過度にビビッてもしょうがないし、何もしなければ時間が過ぎて見つかるだけだと今の物音の件で気づいた。

 俺はすたすたとダイニングを抜けて奥の扉へと進み、大きな音をたてないよう慎重に開く。


 キィッ――。


 そこには……。


「っ……外だっ!」


 扉の先には長い廊下があった。

 しかし俺が喜んだのはその廊下に差す月明かり。真っ直ぐ続く廊下の端から端までが縁側になっており、外に出るためのガラス障子が続いている。


「よし……っ、ここから外に……!」


 急いで外に出ようとガラス障子に手をかけたところである事を思い出す。


「あ、靴……」


 玄関に靴を置いてきたままだ。

 このまま外に出れば靴下一枚で外を歩かなければならない。


「…………取りに戻るか」


 玄関までそんなに遠い距離でもない事に加え、外に出ても車を探すために歩き回らなければならないのだ。少しくらい見つかるリスクがあっても取りに行くべきだと判断して身を翻し、来た道を戻ろうとした俺の前に――――。


「こんな所にいたんですね」


 にっこりと微笑む紫乃が立っていた。


地の文や答也の心情の中で『紫乃』という単語が出ていますが、答也は紫乃の名前を音でしか知りません。

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