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第二話 変えられない意識


 亜人――。

 只人以外の人間の総称である。


 今から五十年ほど前、一九七〇年代の頃に体に鱗が浮かぶ人物が突如現れた。

 病院で検査を受けたが原因は全く分からず、その人物以外にも似たような症状を訴える人が他にも出てきた。

 この症状はあらゆる生物の特徴が各々の体に現れ、人間とそれ以外の生物が合わさったような見た目になることから【亜人症あじんしょう】と呼ばれた。


 そして亜人症に罹った人間を【亜人あじん】、亜人症に罹っていない人間を【只人ただびと】と呼ぶようになった。亜人症には先天性と後天性があり、発症理由も治療法も現在に至るまで判明していない。


 しかし、健康的には何も問題が無い――無いどころか亜人症に罹った人間は只人の頃よりも健康な体になることが多い。生まれつき足が不自由だった少年が亜人症に罹って亜人になった途端に元気に走れるようになった、という話も有名である。

 更には犬や猫などの可愛い生き物が元となる亜人の場合はその見た目を生かしてアイドル等の人に愛される仕事に就くことも最近ではよくある。


 このように今となっては現代社会に広く浸透している亜人ではあるが、もちろん亜人全員がそういった好意的な面ばかり享受している訳ではない。大多数の人にとって嫌悪感のある生物、虫や爬虫類などの特徴を持ってしまった亜人はいじめや排斥の対象となってしまう。


 誰が何時、どんな亜人になるか分からないという現代においてこういった差別は無くしていこうという考えは誰もが持っているし、周りの人間に質問をすればほぼ全員が差別は良くないと答えるだろう。

 しかし心の奥から無意識に湧き上がってくる嫌悪感に抗うのはそう簡単なことではなく、自分は亜人に差別意識は無いと言いながらも亜人を避けてしまうという人は少なからず存在してしまう。





「――――」


 そして俺はその亜人が大の苦手であり、会社や街中でも出来るだけ関わらない様にしている。犯罪率などのイメージもそうだが、個人的にも苦い思い出があるから……。


「こんにちはっ……こんな所にお客さんなんてどうしたんですか?」

挿絵(By みてみん)


 そう言って下半身が蛇の女は門扉を開いた。


 ギィ――。


「……っ」


 人間なのに、全く違う生物と融合してしまったような肉体。それが昔からどうにも理解しきれず、子供の頃はいたずら半分で亜人の同級生に心無い言葉を言ってしまったこともある。


「……どうかしましたか?」


 自分から訪ねて来たというのに無言でいる俺を訝しげに見る亜人の女。


「い、いや……すみません。ちょっと疲れてて……呆けちゃいました」


 俺がその体を見て嫌悪感を現してしまったのは多分この女も気付いただろう。


「そうですか……もしかして迷ってしまいましたか?」


 それなのに彼女は傷ついた様子も無く会話を続ける。


「はい……もう丸一日歩き続けてやっとこの屋敷を見つけて」

「丸一日――それは大変でしたね。とりあえずお茶でも出すので上がってくださいっ」


 そんな失礼な態度をとる俺を本気で心配してくれているらしく、わたわたと可愛らしい慌て方で中へ招き入れてくれる。


「こちらへどうそ」


 門を閉めて玄関へと向かう彼女の隣に並んでついて行く。


(これで亜人じゃなかったらタイプなんだけどな……)


 改めて彼女を見ると非常に俺好みの女性だった。

 歳は二十代前半くらいだろうか……サラサラとした髪は肩の辺りで一つにまとめていて清潔感があり、顔立ちもどこかのお嬢様かと思うような素朴ながらも整った造形。


 そして何より、身に着けている真っ白なノースリーブのシャツをこれでもかと押し上げる大きな胸。この身体でこの顔ならば世の中のほとんどの男が土下座をして交際を申し込むレベルだろう。

 ただ、問題は下半身だ――。


(蛇……か)


 その清楚な見た目の上半身には似合わない数メートルはあろう蛇の下半身がスカートから伸びていた。俺を門から玄関に誘導しているこの瞬間にも、ずりずりと音をたてながら蛇の体が動いている。


「うっ……」


 うねうねと動く蛇体を見て、つい嫌悪の声が漏れてしまう。


「……」


 一瞬こちらを見たような気もしたが、女はそのまま隣を歩いて?いる。


「はぁ……」

(よりにもよって見つけたのが亜人の家か……)


 疲れも相まって思わずため息が漏れてしまった。


「大丈夫ですか……? 丁度お風呂を沸かしたところだったのでまずはゆっくり体を休めてください」


 ため息を吐いた俺を彼女は心配そうに気遣ってくれる。


「すみません……ありがとうございます。えっと……」


 ため息を吐いてしまった謝罪と気遣ってくれたお礼を言ったところでまだ名前を聞いていないことに気づく。


「あっ、そういえばまだ自己紹介していませんでしたね……!」


 丁度玄関に着き、彼女は立ち止まってこちらに向き直った。


「私は紫乃しのといいます。よろしくお願いします」


 よろしく……という程ゆっくりするつもりも無かったが、疲れていたし別にわざわざ聞き返すことでもないと思って俺も自己紹介することにした。


「俺は答也とうやです。助けて頂いて本当に助かりました」


 人里への道や何故こんな場所に屋敷があるのか等、聞きたいことはたくさんあったが落ち着いてからでいいかと考えて再度お礼だけを言った。


「いえ、私も……嬉しいです」


 そう言いながら紫乃は玄関の引き戸を開いた。


 カラカラ――。


「?」

(なんかさっきから少しテンションがおかしくないか?)


 どういう意味だろうと思いながら俺は扉を開いてくれた紫乃の横を通って屋敷の中に入った。


「あっ、お疲れですよね! 荷物お持ちします……!」


 そう言って伸ばしてきた紫乃の手を――。


「っ!?」


 パシッ――。


「っ……」


 つい振り払ってしまい、紫乃が困惑の表情を浮かべる。


「あ……すみません、ちょっとびっくりしちゃって……」


 いくら亜人が苦手とは言え、助けてもらう立場で今のは失礼だったと反省する。


「い、いえ……こちらこそ急にすみません……」


 あからさまにトーンダウンした声で紫乃が答えた。

 少し間をおいてから紫乃が顔を上げる。


「是非――ゆっくりしていってくださいね」


 そう言った紫乃の顔は何かを決意したような……複雑な笑顔だった。


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