第一話 山奥の屋敷
「ふぅ、ふぅ……」
ザッ、ザッ――。
人っ子一人いない山の中を歩き続けて数時間。先輩女性社員の帽子が風で飛ばされてしまい、キャッチしようとした際にちょっとした崖を落ちてしまった。
幸い擦り傷程度で済んだが、上がる場所が無かったのでみんなと別れて上がれるところを探すことにした――のが失敗だった。
「まずい、本格的に迷った……」
上がれるところなど一向に見つからず、どんどん登山ルートから逸れて今では立派な遭難者である。
どうにか元の道に戻ろうと歩き続けてはいるが……。
「くそっ、こんな事なら大人しくあの場所で救助を待っておけば……!」
辺りは一面、樹と草と土ばかり。歩いても歩いても元の登山コースなんて見えてこない。それどころか歩けば歩くほど山奥に入って行っている気さえする。
「今何時だ?」
生憎と時計を着けてくるのを忘れてしまい、自分が何時間歩いているかすらまるで分からない。
みんなで山に入ったのが朝の九時頃。ついさっき腹が減って持ってきたおにぎりを食べたので昼過ぎくらいだという事は分かる。
「一旦戻った方がいいか…?」
そう思って後ろを振り返る。
「……」
しかし元来た道がどっちかさえ、もう分からない。
「登山なんてもう絶対しねぇ……」
そう呟いて俺はまた歩き出した。
◇
数時間後――。
「はぁっ…はぁっ……!」
延々と何もない山の中を歩き続け――。
「っ……! もう、無理だっ……!」
俺は服が汚れるのも気にせずにその場に倒れ込む。というより、服はすでに汗と泥に塗れていて今更という感じだった。
ほぼ丸一日歩き詰めで足はもう限界……昼飯を食べてから更に数時間ほど経って太陽もすでに沈みかけている。
「クソ、このままじゃ本当に死ぬぞ……」
焦りを通り越して絶望が心を支配していく。
「いやいや、弱気になるな」
気持ちで負けては本当におしまいだと思い、心に喝をいれる。諦めては助かるものも助からない。
「でも実際どうすれば――ん?」
ふと視界の端に明かりのようなものが見えた。
「あれは……もしかして家か!?」
数百メートル先、木々の隙間を縫って建造物のようなものから漏れる光が微かに見える。日が沈んで辺りが暗くなることで見つけることができた光……絶望と希望は紙一重だと感じる。
「た、助かった……」
先程までの疲れが嘘だったように体に活力が湧いてくる。
「よしっ……!」
俺はもう一度気合を入れて光に向かって歩き出した。
◇
「家、というには大きいな……」
疲れた体に鞭を打ってたどり着いた建物は家と呼ぶには大きすぎる日本家屋だった。
「とんでもない金持ちだな、これは……」
等と呟きながら門の前で苦笑いをする。助かった安心感からつい軽口がこぼれてしまう。
「とりあえず下山への道を教えてもらって……いや、出来るなら車で送ってもらいたいな」
そう言いながら呼び鈴などの家主を呼び出すための物を探すが……。
「あれ?」
それが見当たらない。
「おかしいな……」
門の近くではではなく、玄関の横などにあるのか?とも考えた。しかし門が施錠されており、これ以上進むことができない。
「まさか空き家……とかじゃないよな?」
嫌な考えが頭を過る。
「いや、そんな訳ないよな……明かりが点いてるんだし」
俺がこの屋敷をみつけたのも窓から漏れる光を見つけたからだった。ならば誰かがこの屋敷の中にいるのは明白なのだが……。
「人が来ることを想定していない……?」
考えてみれば当然だ。
こんな山奥に尋ねてくる人間などいるはずがない。俺だって遭難して丸一日歩き回った末に偶然見つけたのだ。
「……」
先程までは砂漠の中にあるオアシスを見つけたような気分だったのに……ここに来て途端に不気味になってきた。
「でも……助けてもらうしかないよな……」
どれだけ違和感があって不気味だったとしても他に当てなど無いのだから。
「別にあやしい家と決まった訳じゃないしな……!」
そもそもこの屋敷が山奥にあるという考え自体が間違いかもしれない。俺がでたらめに歩き回ったからそう思っただけで、実際は人里まで数分とかの場所だという可能性も十分にある。
「よしっ……!」
そうして自分に都合のいい考えを並べて気を奮い立たせる。
「それじゃあ中の人に助けを求めないとな」
そしてもう一度門の周りを軽く調べる。が、やはり呼び鈴等は無い。屋敷を囲う塀は遥か先まで続いており、とてもじゃないが一周して他の門を探す気にはなれない。
ならしかたないと息を大きく吸って……。
「すみませーんっ!」
と、大声で屋敷の中に向かって叫んでみる。
「……」
巨大な屋敷からは何の反応も無い。これだけ大きな屋敷だと中の人間にはちょっとやそっとの大声では届かないのかもしれない。
そう思ってもう一度大きく息を吸って――。
「すみませーーんっ!」
先程よりも大きな声で叫ぶ。
すると――。
「あっ……」
門の向こう、柵の間から見える屋敷……その窓に人影が現れた。
距離があるのでこちらを見ているかは分からないが、シルエットを見る限りどうやら女性のようだった。俺の声が聞こえたので窓際に来たのだろう。中にいる人間が女性だというだけで幾分か安心する。
「あのーっ、すみませーんっ!」
手を振りながら相手を呼んでみる。すると人影は窓際から離れて見えなくなった。
「気付いてもらえたっぽいな……」
流石にこの状況で無視はしないはず……こちらに来るために窓から離れたのだろう。
「ふぅーっ、助かったぁ……」
肩の力が抜けてその場に崩れそうになるが、これから助けてもらう家主が来るというのに座り込む訳にはいかない。もう少し気を張っていないとな、と考えているところで屋敷の玄関が開いて中から人が、出て……きた。
【人】が……。
ずるずると長い下半身を引きずった人間が屋敷の中から出てきてこちらへ向かってくる。
「っ……」
思わず顔が強張ってしまう。助けてもらう人間の態度としてはあまりにも失礼だった。
そしてこちらへたどり着いた家主と門扉越しに向かい合う。
「こんにちはっ……こんな所にお客さんなんてどうしたんですか?」
慌てた様子で現れたのは下半身が蛇の【亜人】だった。